序章 願いの祭壇

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 暗い石室に松明の火がゆらめく。  何年も閉じ込められたカビ臭いよどみに、血の匂いが混じった。  願いの祭壇。どんな願いも一つだけ叶えるという。  難攻不落のダンジョンの奥深くに眠る。  数多(あまた)の冒険者たちが挑んでは敗れた祭壇。  ついに伝説が破られようとしていた。  血まみれの若い男が祭壇に手をついた。男の左腕に女の生首が噛みついている。  ギリギリと喰い込む歯。  骨が噛み砕かれる音に、男は悶絶した。生首が男の左腕を噛みちぎる。  男の左腕ごと女の生首が床に落ちた。蛇のように髪をくねらせ、牙をむく。  男の足を狙い、床を這いずった。  男は女の生首に剣を突き立て、石畳に縫い付けた。  若い男の足を狙う女の歯噛みの音がなおもやまない。  身を喰いちぎられた痛みに獣のようにうなった。  残った左腕の肩先を首飾りの紐で血止めに縛る。 「価値があった。あの願いには意義があった。誰の願いよりも、他の何よりも」  ダンジョン最深部にあるその祭壇はどんな願いも一つだけ叶えるという。  いつのものとも知れぬ白骨が散らばる中、祭壇は静寂(しじま)に身を委ねたままだ。  宝物室の中は、死で満ちていた。首のない白魔法使いの死体。  剣で床に突き立てられた生首は、男を狙ってなおも前進をやめない。  細身の両刃の剣で生首の頭蓋は頭頂部から後頭部にかけて両断されようとしていた。  豪奢な彫金細工に彩られた甲冑を着込んだ騎士の死体は、尾のない蛇を掴み、蛇毒で変色していた。  いくつもの白骨死体たちに背後から剣を突き立てられた盗賊の死体が祭壇にもたれかかる。 「やり直せ。もう一度だ。やり直せ」  男が祭壇に手をつき、叫んだ。  石畳に縫い付けられた女の生首がついに我が身ごと剣に切り裂かせ、自由となる。  男めがけて髪をうねらせ、飛びかかる。  祭壇が輝き始めた。
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