第1章「目の前にベートーヴェンが!」

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 足は速いほうだ。体育祭では一位ではないが、三位には入っていた。  変態男を少し引き離して、森の中に入り、樹の陰に隠れる。 <冷静になるのだ、自分>、と私は自分に言い聞かせた。 「君、だれ?」 「ぎゃっ」  突然、背後から声をかけられた。  振り返ると、高校生くらいの少年がいた。やっぱり中世の衣装を着ているが、頭は金髪ではない。天然パーマがぼしゃぼしゃになった感じ。背は低い。 「あなたこそ、誰?」  私は、強気に出た。 「ぼ、僕は」  言葉がつっかえている。そして、うまく話せない自分に腹をたてているように、顔が赤くなる。  と、すぐ近くの樹から、先程の男が「バア!」と言いながら、姿を現した。  私は戦闘態勢に入った。ヘタレっぽい少年を見捨てて逃げるわけにはいかない。戦うしかない。  すると、少年が叫んだ。 「モーツァルトさん。モーツァルトさんですね。お宅に行ったところ、奥様たちと散歩に出られたとうかがったものですから、追いかけてきました」  ええっ、モーツァルト? この変態が? 「なんだね、君は。私は作曲で忙しいんだが」  どこが作曲なんだよ、と突っ込みたかった。が、少年の自己紹介に、私のそんな思いはぶっ飛んだ。 「ぼ、僕は、あなたに会いたくて、ボ、ボンから来ました。ルートヴィヒ・ヴァン・ベ、ベートーヴェンと申します」  ぎょえー、今、目の前に、モーツァルトとベートーヴェンがいる。
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