第1章「目の前にベートーヴェンが!」

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 いつのまにか、眠ってしまっていたらしい。  キャーキャー猿みたいな泣き声が頭の上でするので、目が覚めた。  まず目に飛び込んできたのが、青い瞳。それから、長い金髪。そして、舞台から出て来たみたいな中世ヨーロッパのドレス。  驚いて体を起こした私の目の前に、西洋人の女性が二人いた。 <私、どこかの舞台に出演してたっけ。オペラのことを考えて寝たので、まだ夢の中?>  見回すと、辺りは森である。どうやら森の中の細道に倒れていたようである。  一瞬、沈黙していた女性たちが、またキャーキャーわめき始めた。 「何、これ?」「どこから来たの?」「人間?」「変な恰好して」とか言っている。  あれ? ドイツ語だ。  私はオペラ歌手になるために、ドイツ語とイタリア語は、本格的に習い続けてきた。それで、普通の会話に不自由はない。 「ここはでこですか?」  尋ねたとたん 「キャー、しゃべったわ、この子」 「はい、話せます」  と、返事したのに、彼女たちは聞く耳を持たない。それどころか、数歩あとずさりする。  一人が「コンスタンツェ、かかわらないほうがいいわよ」と言い、もう一人が「お仕置きでも受けて、スカート切られたんじゃない」と返事している。  いえいえ、普通の恰好でしょ。彼女たちの言っている意味がわからない。  その時、遠くから「ヘーイ、どこだぁ~?」、男の声が聞こえた。  それを聞くと、女の一人が「アマデウース、こっちよぉ」と叫び返し、それからまた女二人で「ほら、早く逃げましょ」とかキャーキャー言って、走り去っていった。  しばらくすると、バレエの舞台から出てきたのかと思う衣装を着た男性が現れた。金髪をカールしている。私を見て 「君、何者?」 「あ、私は沢ノ井理沙です」  と返事しかけたのに、最後まで聞かずに 「君、かわいいね、なんて恰好のいい脚なんだ」  もう目つきが変態だ。やばっ。これ絶対、やばいケースだ。  私は立ち上がった。とにかく逃げなきゃ。  さっきの女性が走り去ったほうへ、私も走る。  男が追いかけてくる。 「かわい子ちゃ~ん。ほい、おいで~~」  大人の追いかけっこか。 「僕が抱いてあげるよぉー」  セクハラだ、訴えてやる。  と思ったけど、交番がどこにあるのかもわからない。
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