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美女が僕らに優しく話しかけてくれる。先輩は一体どのような大人な会話を繰り広げるのか僕は固唾を呑んで見守っていた。美女達は「お酒はよく飲まれるんですか?」「お二人は会社の同僚なんですか?」など実に多岐に渡る質問を代わる代わる投げかけてくる。 僕のような青二才には到底捌くことのできぬ質問の乱打だ。
僕はチラリと先輩の方を盗み見た。すると先程まで鼻の下を伸ばしていた先輩は急にたどたどしいしゃべり方になり、まるで会話が盛り上がらない。
なるほど。そうきたか。僕はてっきり、先輩は大人の男としてすっかり遊び慣れていると思い込んでいたのだが、まったく油断も隙もない。
そう、先輩はピュアなのである。いや実は先輩が大学生だった頃からそのことは知っていたのだが、東京で暮らしていても何も変わらなかったようだ。彼はコンクリートジャングルに囲まれた生活しながら、都会の荒波に揉まれながら、それでいてその純粋な心を微塵も曇らせることなく過ごしていたのだ。
これはまったく驚嘆すべき事実である。彼は東京に染まらず、自分というものを貫き通しているのだ。
しばらく会話が続いたが、一度として美女達との会話が盛り上がることはなかった。いくら先輩が映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に登場するデロリアンという名のタイムマシンがカッコイイか、そのギミックについて論じても彼女達との距離は遠のくばかりであった。
そんな時間がいくばくか流れたのち、美女達は静かに去っていった。唯一彼女たちが口にした「ワタシモオ酒飲ミタイナ」という呪文に対しても、先輩は「オレ今日ハオ金アンマリナインダヨネ……」という対抗呪文を唱えることで、その効力を打ち消した。僕ならばきっと焦って「じゃあ何か飲みますか?」とか言ってしまっただろう。先輩に格の違いを見せつけられた気がした。やはり百戦錬磨の強者は攻防の流れというものを心得ている。
その後、別の美女達がやってきて僕らについてくれたのだが、状況は平行線を辿り続けるばかりだった。
そしてとうとう美女達との会話が途切れ、完全な沈黙、つまりパーフェクト・サイレンスが訪れたのちに、先輩は手に持ったウイスキー・オン・ザ・ロックを傾けながら遠い目をして突然語り始めた。
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