ゆめいろ交響曲

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「よぉっし!じゃあ、いくぜェ!!」 マウンドに立つ健一の雄叫びに、グラウンドに散る子供たちが「おー!!」と応える。 今、子供たちが期待しているのはどんなシーンなのか。 『プロ野球選手』と紹介された孝平が、どでかいホームランを打つシーンなのか。 あるいは、自分たちが慕ってやまない『健一にいちゃん』が、プロ野球選手から空振りを奪うシーンなのか。 孝平には、わからなかった。 わからなかったが…。 「こうなったら打つしかないね、ホームラン」 タカさんが言う。 孝平は、黙ってうなずく。 今の自分にできることは、それしかない。 孝平は、挑発するようにバットの先端を健一に向けた。 その姿を見た健一が、本当に嬉しそうに、そして楽しそうに笑う。 そんな二人を見守る子供たちが期待しているもの。 ホームランか、空振りか。 いずれにせよ、そのどちらかであることだけは間違いない。 「すごいプレッシャーですよ…」 「プロの打席のプレッシャーは、こんなものじゃない筈だよ」 孝平の弱音に、タカさんはそう答えた。 健一が最初に言っていたように、あくまでこれは子供たちに向けたパフォーマンス。真剣勝負ではない。 だが、孝平はすでに、握ったバットのグリップが汗ばんでいることに気付いていた。 マウンドに立つのは、ともに甲子園で戦った戦友、健一。 健一はエースだった。 負けた試合にしてもスコアは1対0。自軍のエラーによる失点のみだった。 紛れも無く、甲子園を堂々と戦い抜けるだけの実力を持ったピッチャー、健一。 何件かあったプロからのスカウトをすべて断った健一。 そして、潔くプロへの道を捨て、この村で家業を継ぐという選択をした健一。 そんな健一を、スカウトさえされなかった孝平は羨ましく思った。正直、嫉妬もした。 だがその夜の、野球部全員のちょっとした打ち上げの後。 皆が寝静まった後の部屋で、ひとり声を殺して泣いていた健一の涙を、孝平は忘れたことはなかった。
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