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健一が、大きく振りかぶる。
孝平が、バットを握る。
「きっと、健一くんも本気では投げてこないさ。これだけのギャラリーを前に、友人に恥をかかせるような真似はさすがにしないだろう」
タカさんのその声が耳に届くも、勝負に集中した孝平は何も答えない。
そして、ついに。
唸りを上げて、健一の手からボールが放たれた。
「…!?」
そのボールは凄まじいスピードを伴い、真ん中から外側低めへ鋭くスライドして、小気味よい音とともにタカさんのキャッチャーミットへと収まった。
何人もの打者を打ち取ってきた、健一の最も得意とする高速スライダー。
そのあまりに素人離れした球威に、孝平はバットを振ることさえできなかった。
「す、ストライク…、だね」
ボールを受けたタカさんが、少し驚いたようにそう告げる。
「ちょっ…!!アイツ、めちゃくちゃ本気で投げてんじゃないすか!!友人に恥かかせる気マンマンじゃないすか!!」
わぁっ!という子供たちの歓声の中、孝平は顔面蒼白で思わずタカさんに叫ぶ。
「じゃあもう一球、いっとこうか?」
タカさんはそう言って、しゃがんだままマウンド上の健一に返球した。
くそ、健一のヤツ、冗談じゃねぇぞ…!
最初っから、自分の凄さを子供たちにアピールするためにこんなパフォーマンスを思いついたのか…!?
孝平は健一を睨みつける。
だが、健一が本気を出してきた今の一球のおかげで、先程までと比べ、ずいぶんと肩の力が抜けていることに孝平は気づいていた。
相変わらず、マウンドの上でニヤニヤと笑う健一の憎たらしい顔。
今度はぜってー、どんな球でも打ってやる!
孝平は心に誓う。
そして同時に、こう思った。
やっぱ野球って、楽しいな。
なぁ、健一。
お前も今、そう思ってんだろ?
孝平からの無言の問いに、健一は無言の答えを乗せて、思い切り、キャッチャーミット目がけてボールを投げた。
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