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◆◇
「まあ、引き分け…、ってとこかな?」
先程、孝平が歩いて抜けた小高い位置にある公園からグラウンドを見下ろしていたその女性は、長い髪を風になびかせて、そう呟いた。
快音を響かせ、健一のボールを跳ね返した孝平の打球は、青空を真っ二つに切り裂くような放物線を綺麗に描き、スタンドへと突き刺さった。
子供たちから大歓声が巻き起こっているそのグラウンドのマウンド上で、大袈裟にガックリと片膝をつくポーズの健一と、ホームランの余韻に浸っているのか、そのままバッターボックスで立ち尽くす孝平。
「帰って…、きてたんだね。孝平くん」
女性は向かい風に目を細め、少し眩しそうに、そんな孝平の姿を遠目に見下ろしていた。
「ねー、響子ねぇちゃん!さっきのお歌、もう一回歌ってよ~!歌ってくれるって約束したじゃ~ん!」
背後からかけられた数人の女の子たちからの声に、響子と呼ばれたその女性はゆっくりと後ろを振り返った。
「あぁ、ごっめん!今、そっち行くから!」
響子は傍らに置いていた年代物のアコースティックギターを取ると、女の子たちの待つ砂場へと足を向ける。
「じゃあ、いくね」
小さなベンチに腰掛け、響子の白く細い指が、ギターの弦を爪弾いた。
公園内を満たす、透き通るような歌声。
それは緩やかに伸びるギターの音色と混じり合い、素朴で、馴染みやすいメロディーを奏でる。
それは。その歌は。
孝平が今日、何度か耳にした、あの歌だった。
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