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孝平は、知っている。
自分などより、目の前に座る健一の方こそ、プロを目指すべき逸材であることを。
だが、その思いを健一にストレートに伝えることを、今まで孝平はタブーとしてきた。
なぜなら、健一が選んだ、家業、すなわち『農家』という選択肢は、決して彼が望んだものではないと知っていたから。
彼の後ろ髪を引っ張るようなことを、したくなかったから。
その思いは健一も同じだったのだろう。
あれほど仲が良かったのに、孝平がプロを目指すと宣言してからというもの、健一から孝平への電話やメールの回数は目に見えて減っていった。
諦めたはずの、諦め切れない夢を追いかける友人の姿。
そんな自分を、健一はどう思っているのか。
孝平は、それを面と向かって健一に聞くのがひどく怖かった。
『お前なんかより、俺のほうが絶対野球のセンスがあるのに』
そう思われているのではないかと、つい考えてしまうのだった。
そんな思いをよそに、久しぶりに会った健一と孝平は、ビールを飲みながらしばらく世間話に華を咲かせた。
高校時代は寮生だった二人は、よく互いの部屋に出向きこうやって語らったものだ。
野球の話、女の子の話、
そしてちょっぴり、勉強の話。
二人はよく、消灯時間を無視して明け方近くまで話した。
もし、プロになれたらどの球団に入りたいかなどという話もした。
その時は、健一には、どれだけ野球に打ち込もうとすでに将来の選択肢がないという事実を、孝平はまだ知らなかったのだが。
「ところで、さ…」
話がひと段落つき、沈黙が訪れたところで、孝平は軽い酔いに背中を押されるように、健一へ問いかけた。
今まで避けてきた、あの例の話を。
どうしても、聞きたかったから。
「健一、お前…、プロは目指さないのか?」
「…………」
その瞬間、それまで終始楽しそうに笑っていた健一から、笑顔が消えた。
やはり、聞くべきではなかったか。
そう思った孝平だったが、今さら後には引けなかった。
じっと、健一からの回答を待つ。
やがて健一は、手にした缶ビールを飲み干すと、ゆっくり、こう答えた。
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