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「やめようぜ、その話はよ」
カーテンのかけられた窓を見つめつつ、健一は小さく静かに溜息をつく。
「そりゃ、俺だってな、目指せるもんなら目指してぇよ。お前と一緒にな」
「…………」
「でも、無理なもんは無理なんだ。こればっかりはな、いまさら、どうにもならねぇよ」
諦観にも似た健一のその一言に、孝平はかけるべき言葉が出てこなかった。
「でもな、孝平。俺は、お前がプロ目指してくれててうれしいんだよ。もし、お前が目指してなかったら、逆に俺も諦めがついてないかもしんねぇ」
「…………」
「孝平、絶対になれよ、プロに。せめてお前だけでも、夢を掴んでくれ」
それきり、健一は口を閉ざした。
互いに口を閉ざしたまま、数分間が過ぎた。
ぬるくなってしまったビールを持て余しつつ、つまみとして用意したパーティサイズのポテトチップスを互いにかじる。
やがて、指についた塩を舐め取りながら、健一はもう一度、口を開いた。
「なぁ、孝平。お前さ、もし自分が、野球が下手くそだったらよかったのにって思ったこと、ないか?」
その、健一からの問いが意図するところを、孝平は瞬時に判断することができなかった。
野球が下手くそだったらなんて、考えたこともない。むしろ、もっと才能があればよかったのにと思う毎日だ。
だが、続く健一の言葉は、孝平の心を深く抉った。
「俺がもし、野球が下手くそだったらさ…、プロを目指すなんて夢、見ることもなかっただろうにな」
その一言は、いまだに鎮火し切れない夢への炎が、健一の中で燻っていることを明確に物語っていた。
孝平の心は、揺れ動く。
その後、布団に潜った孝平の脳裏に蘇る言葉たち。
『プロなんてムリに決まってるんだからさ!』
『お父さんだって、お兄ちゃんに継がせたいって思ってるよ』
妹、真由美の言葉。
『お前がプロ目指してくれててうれしいんだよ』
『お前だけでも夢を掴んでくれ』
隣りのベッドで寝息を立てる、健一の言葉。
答えを探すために村へ戻ってきた孝平の心は、
相反する思いを孕み、落ち着くことなく揺れ動いていた。
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