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◇◆
「ちょっと、聞いてよ母さ~ん!」
「あら、あんた、まだ起きてたの?」
片付けと明日の準備で忙しい、孝平の母・玉枝のいるキッチンに、パジャマ姿の真由美が膨れっ面で顔を出した。
「あのね、さっきね、お父さんにね、欲しいバッグがあるからお小遣いちょ~だいっ!って言ったらめっちゃ怒られた!!」
「あんたも馬鹿ねぇ…。よりによって、こんなにお父さんがご機嫌斜めな時に」
「お父さんがご機嫌斜めなのはお兄ちゃんのせいだもん!私のせいじゃないのにッ!」
あのバカ兄貴め!死んじゃえ!などと口汚く罵りながら、真由美はキッチンのカウンターチェアにどかりと座り込んだ。
この家には、昔ながらのちゃぶ台が置いてある茶の間の他に、改装の時に作ったこのダイニングキッチンがある。
食事をするのはもっぱらこのキッチンであり、茶の間は、一家の大黒柱である父親・進が、テレビと新聞と熱いお茶を楽しむための専用スペースと化していた。
「てぇかさ~…、母さんからもお兄ちゃんに言ってやってよ~!プロ野球選手なんてサッサと諦めなさい!ってさぁ~!」
カウンター越しに玉枝から出された紅茶をズズ…、と飲みながら、真由美は不満を爆発させた。
「あらあら…、母さんは別に、孝平がどっちの道を選んでもいいって思ってるわよ?」
「また!母さんはいーっつもそうやってお兄ちゃんを甘やかすんだから!!」
「甘やかしてなんかないわよ?ただ、母さんはね、こう思うの」
シンクの中で皿を洗いながら、玉枝は反論した。
「どちらの道を選ぶのか…、じゃなくって、自分が選んだ道に誇りを持って、どれだけ胸を張って歩いていけるのか…。本当に大事なのは、そこだと思うのよ」
「でも…!」
真由美は、その反論にさらに反論を重ねようとするも、うまく言葉が出てこない。
「だから母さんはね、あれやこれや回りから強制したくないの。孝平はきっと今、すっごく悩んでるでしょう。それでいいのよ。悩んで、悩んで…、徹底的に悩み抜いて出した結論じゃないと、意味もなければ重みもないからね」
玉枝はそう言って、軽く首を傾げて微笑んだ。
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