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◇◆
翌朝。
トレーニングウェアに身を包み、朝早くに健一の家を出た孝平は、息を白く吐き出しながら村の農道を走っていた。
毎朝のジョギングは日課だ。それはこの村に帰ってきても怠らない。
いつもは何も考えずに、ただ決められた距離を走っていた。
だが今朝は、様々な思惑が孝平の胸に去来し心が落ち着かない。
結論を出さねばならない。
焦りが、孝平を突き動かす。
この村に帰り、父親の後を継いで農家となるか。
叶うかどうかもわからないプロ野球選手への夢を、まだ追いかけるか。
夢を追いかけたい。
それが正直なところ。
だが、必ずしもそれが正解だとは、限らない…。
中学時代にいつも走っていたお決まりのジョギングコースを、孝平はただ、揺れ動く心を抑えつつ走っていた。
「ん?」
ふと、走る孝平の耳に飛び込んできた音。
ギターの音だ。
瞬間、まるでタイムスリップしたかのように、いくつかのキーワードを伴って孝平の昔の記憶が鮮明に蘇る。
朝、ジョギングコース、ギターの音…。
「響子先輩…!?」
角を曲がった先にあるバス停の待合席に座り、ギターを鳴らす長い髪の女性の姿。
その姿を見るなり、孝平は思わず足を止めた。
トレーニングウェアの中で途端に吹き出した汗は、運動によるものだけではなかった。
「やぁ、少年。久しぶり」
ギターを爪弾く指を止め、響子は、呆然と立ち尽くす孝平を見つめて微笑んだ。
そして、傍らに置いてあった二本の缶コーヒーのうちの一本を、孝平に向かって下手から放り投げて言った。
「ここなら、キミに会えると思ってね。どうやら家には帰ってないみたいだったから」
「…あ、すみません…」
「久しぶりに再会して、ひとこと目が『すみません』ってどういうことよ」
可笑しそうに響子は笑って、自分の缶コーヒーを開けてちびちびと飲んだ。
「孝平くんも飲みなよ。完全に冷めちゃってるけど、もともとはホットだったのよ」
促されるまま、孝平も立ったまま缶コーヒーを開けた。
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