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「こんな朝早くから…、俺を待ってたんですか?」
孝平は、冷たくなった指をさすって温めている響子を見下ろして、そう聞いた。
「うん。昔は、孝平くんとは毎朝ここでこうして会ってたからね。再会の場所としては最高にロマンティックでしょ?」
響子は目を細めて笑う。
彼女は、孝平や健一のひとつ上の先輩だった。二人とも高校は県外だったため、あくまでも中学時代の先輩ということになる。
歌が大好きで、小さい頃からいつもギターを奏でて歌っていた響子は、村の中でもちょっとした“有名人”だった。
「まぁ、座りなよ。せっかくだからさ、いろいろ話さない?」
言われるまま、孝平はおずおずと響子の隣に腰掛けた。
「孝平くん、結局、プロ野球選手にはなれたの?」
「いえ、じつは、まだ…」
いきなり核心を突くような響子からの質問に、孝平は視線を地面に落とす。
“プロ”という言葉は、孝平と響子の間では特別な意味を持っていた。
互いに、それを目指す者として。
くじけそうな時は、叱咤激励し合う仲だった。
「そっか。まぁ、私も人のことは言えないんだけどね」
「え?先輩、オーディションに合格した、って聞きましたけど?」
「ん、まぁ、いろいろあってさ」
響子はギターを抱え、隣に座る、頭ひとつ分背の高い孝平の顔を改めてまじまじと見つめた。
「孝平くん、今日は何か、予定ある?」
「いえ、特には…」
「じゃあ今日一日、私に付き合ってよ」
髪をなびかせ、響子はその場でターンするように軽やかに立ち上がると、冷たい朝の空気を切り、歩き出した。
「え、先輩、ちょっと…!」
響子の、有無を言わさぬマイペースぶりは数年を経た今でも相変わらず健在のようだ。
座れと言われて座ったばかりの孝平だったが、落ち着く間もなく立ち上がり、慌てて響子の後を追った。
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