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響子が半歩先を歩く。
孝平がそれに着いていく。
登校する子供たちの流れに逆らいながら、二人は特に当てもなくそぞろ歩いた。
「ふぅん。それで、孝平くんはこれからどうするつもりなの?」
一通り、孝平が今置かれた状況を聞いた響子は、歩きながらそう問いかけた。
『もちろん、プロを目指しますよ』
孝平は、そう断言したかった。
響子の前で、プロへの道を断念しそうだなんてことは、口が裂けても言えなかった。
中学の頃から、形は違えどもプロへの夢を熱く語り合った者として、響子にだけは、弱音を吐きたくなかった。
だが、孝平の口から出た答えは。
「まだ…、決めてません」
そのひとこと。
それだけ搾り出すのが、今の孝平には精一杯だった。
「そっか」
そう呟いた響子の後ろ姿からは、彼女の気持ちを察することはできなかった。
「ちょっと、休んでこうか」
しばらく歩いた後、響子はそう言って、道沿いにあったアンティークな喫茶店へと孝平を誘った。
「やぁ、響子ちゃん。いらっしゃい」
店に入るなり、年配のマスターが響子に声をかける。どうやら常連らしい。
「マスター、ごめん。今日は二曲歌うから、コーヒー二杯ちょうだい」
そう言って、ウインクを投げる響子。
状況が理解できていない孝平に、響子は席についたあとにこっそりとこう教えた。
「私ね、ここで一曲歌う代わりに、コーヒー一杯ごちそうになってるの」
響子はおもむろにギターを構えると、細く長い指をその弦に這わす。
そして、透き通るような歌声が、狭い店内に響き渡る。
他に何人かいた客も、まるでそれが当たり前であるかのごとく、静かに流れる旋律に耳を傾けているようだった。
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