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◇◆
優しい、それはそれはとても優しい、
そして、どことなく懐かしいメロディー。
心地よい、柔らかな旋律に包まれ、孝平はゆっくりと目を開けた。
「あ、ごめん。起こしたね」
その真由美の声とともにメロディーは途絶え、いつの間にか自分が眠っていたことに気づき、運転しながら真由美が歌を歌っていたことを、孝平は寝ぼけた頭で悟る。
「すまん、昨日からあまり寝てなくてな」
孝平はまだ少し眠い目をこすりながら、先程まで真由美が歌っていたメロディーの余韻に浸る。
最近のヒット曲だろうか。
近頃は似たような曲ばかりで気づけばヒットチャートを追うこともなくなっていたが、そういったいわゆる売れ線の類いとは違う、聴く者の心を揺らす素朴で良い曲だと思った。
「ところでさ、お兄ちゃん」
健一の家まであとわずかというところで、不意に真由美が口を開く。
「私ね、夏に結婚するの」
「はぁ!?」
驚きのあまり上体を起こそうとした孝平だったが、シートベルトに阻まれ座席に沈む。
「結婚!?お前がか!?」
「そうよ」
「がさつで、野蛮なお前がか!?」
「そうよ。がさつで野蛮で、男勝りで料理下手な私が、よ」
「いや、そこまでは言ってないが…」
孝平はひとつ深呼吸をすると、改めて妹の横顔を見た。
「相手は、さぞかし海のような広い心を持ったナイスガイなんだろうな…」
「うん、それでねお兄ちゃん、よく聞いて。お父さんがさ、お兄ちゃんが農家を継いでくれないなら、そのナイスガイな彼に継がせるって言ってるの」
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