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玲のためにも、俺のためにも、今を楽しむのが一番良いに決まっているはずだ。
そう決心し、今まで入ったことのない領域に踏み込んだ。
中へと入ると、より甘い雰囲気が広がっていて、いい匂いまでしてくる。
どことなく中にいる女の子たちが俺の方をじっと見てくる気がする。自意識過剰とかじゃなく、女子の領域に踏み込むと、女の子的にも気まずいのかもしれない。
そんな苦行のような緊張感を感じながら玲を探す。
店内の奥のほうに進むと一人玲は弁当箱を見ていた。
パステルカラーで、デフォルメされたクマやネコ、パンダなどのイラストが描かれた弁当箱で、それを手に取り品定めしていた。
「な、なんか良いものあったのか?」
「あ、先輩。これ、可愛いなあと思って」
「うん、可愛いんじゃないか?」
俺も玲の見ていた弁当箱のひとつを掴んで言う。俺は何気なく言ったんだけど、玲はどこか切なげに、
「はい。でも……」
「ん?」
「学校に持って行けないですよね」
玲が寂しそうに物憂げな表情をする。
手に持っていたのはピンク色の弁当箱で、ウサギのイラストが描かれたものをそっとその場に置いた。
それを見て俺は胸を締め付けられた。
――玲は周りを気にしているんだ。
確かにこの弁当箱は、女の子用で、学校に普通は男子が持ってこないようなもの。
玲は好きなものさえ自由に持てないでいるんだ……。
好きなものを好きだと言え、自分の好みの女の子たちの行く店にさえ入るのに人目を気にしていなければならない。
妹の場合なら、男っぽいアイテムを持っていたり着ていたりしても、そこまで人から奇妙には思われない。
だけど、男が女物を持っていたらそれは人から奇妙に見えてしまうだろう。
一般的(、、、)、と云う見えない縛られたものが存在する中で、玲はそれを自分で制している。
妹が下着を着けたくないことで悩んでいたことを鑑みるに、玲はきっと男性として生きることの窮屈さと戦っている。
妹だって、玲だって、そんな境界線、無視したいに決まっているのに。
なんでも好きなことが出来るのは、一般的であることが、前提な世の中なのかもしれない。
今まで考えてこなかった感情が渦巻く。なんだか、それを見て俺が悲しくなってしまった。
俺は玲の置いたピンク色の弁当箱を手に取った。
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