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「おい、いさみ。大丈夫か?」
「大丈夫? いさみちゃん……」
俺が心配して妹の肩に触れようとした。
すると妹はそれを思い切り跳ね除けて、
「どうして! どうして!! どうしてだよおおおおおっ!!」
わあっと声を上げて妹はその場に崩れ落ちる。
その後、子供のようにわんわん嘆いて嗚咽を繰り返す。
それを見て俺自身がフラッシュバックを起こす。
――あの時、俺が妹を女(、)の(、)子(、)だ、と伝えたときのような悲壮感。
そうだったのか……。
ここ数日、乃蒼ちゃんの様子がおかしかったのは、野崎とかいうあの男子生徒と付き合うことを考えていたからなんだ。
結局、告白は断ったと妹には告げていたが、何かしらあの二人の中であって、結論、付き合うことにしたっていうことなのか……。
それで昨日も……キスを拒んだんだ……。
でもなんで乃蒼ちゃんは妹に何も言わなかったんだ?
乃蒼ちゃんは一体何がしたかったんだ……?
泣き崩れている妹に何をどう言ったらいいのか全く浮かばなかった。
千鶴はそれを見て、自分が振られたかのように自分が泣き出しそうになっている。
「どうしてだよ、どうしてだよおお……私、何かしたのか? 私が悪いのか? 私が女だから悪いのかよおおおっ!!」
その言葉を聞いて、玲が言っていたことを思い出した。
――異性に取られるのが怖い、って。
今、それが妹には現実に起こってしまったんだ。
乃蒼ちゃんが何故妹を裏切って男子と付き合い出したのか理由は分らないが、今の妹にとって、自分の生まれ持った性別がこれほど憎いと思うこともないのだろう。
最愛の人が、ストレートの男に取られた。
妹だって、心は――男なのに。
妹は自分の拳を何度も何度も地面に叩きつける。
その拳からは血が滲んでいた。
「はじめちゃん。今日はいさみちゃん、おうちに帰った方がいいと思う」
「そう、だな。俺、送ってくから、悪いけど千鶴、先生に俺が遅刻するって伝えておいてくれるか?」
「うん、分ったよ。気を付けてね」
「ああ。行くぞ、いさみ。帰ろう」
言って妹のボロボロになった手を握りしめて、俺は妹を連れて家へと戻った。
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