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「これも違う...」
「まだ嗅いでるの!?」
駅前の雑貨屋に、ミチコの叫びが響いた。それはそうだ。もう3時間も香水のコーナーに張り付いているのだから、付き合っている側は叫びたくもなる。
「ねぇ、どっちかな?これと、これ」
「知らないし!あんたしか知らないんだよその匂いは!!」
ぎゃいぎゃい、と騒ぐミチコを落ち着かせるようにして、店員さんがお店から出てきた。
「お、お客様。何をお探しですか?」
香水のテスターを元の場所に戻して、私は真剣な表情で言った。
「運命の人の、香りです」
店員さんは何も言わず去って行ってしまった。
事の始まりは、ある雨の日。突然の雨に慌てて駅前のコンビニで雨宿りをしていた時の事。
「あの、これ」
「え...」
差し出されたビニール傘を、私は反射的に受け取ってしまった。
「ありがとう、ございます」
それだけ言うと、ビニール傘を差し出してくれた人は照れ臭そうに笑って雨の中を走っていってしまった。その時に香った香水(多分あれは香水)の香りが忘れられなくて、私は暇な時間に香水探しに精を出している。
「それで3時間も?」
「ほんと疲れちゃった…」
「いやぁ、ごめん」
昼休み。ミチコとアキラと一緒に昼食を食べながら、昨日の話をする。ミチコは紙パックのストローを噛みながら、呆れたように「まったく」と呟いた。
「そもそもよく惚れられるね!どこの誰かも分からないのに」
「だから探して、友達から始めて、よく知っていく算段なの!」
「なぁにが算段よ!」
「まぁ、いいじゃん。面白そう」
「アキラねぇ…」
「ね、どんな人だったの?顔とか服装は?」
アキラは眼鏡の奥の瞳を輝かせて、興味津々といった感じでそう言った。
「制服着てて、野球部っぽい感じ。坊主頭だったし」
「駅前のコンビニで野球部...それ矢尻高じゃない
?」
「え、あの万引き高校?」
矢尻高校は駅前の映画館の裏にある男子校で、生徒が集団万引きをした事で有名な高校だ。
「万引き高校...」
「で、でも生徒みんなが万引き犯って事はないし気にすることないよ!」
アキラがフォローする横で、ミチコが髪の毛を整え始める。
「今日の放課後」
「え?」
「行ってみようよ、矢尻高。ほんとに矢尻の奴なら絶対いるだろうし」
「なるほど…」
ミチコは綺麗に染めた金髪を整えて、嬉しそうに笑った。アキラは頷いている。
私はただ、突然の事にぽかんと口を開けていた。
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