第二話 好嫌

1/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

第二話 好嫌

 伊東さんの後輩に、下田という男がいた。この下田という男は自他共に認める魚嫌いだった。  口にするのも目にするのも嫌で仕方がないという男だが、アレルギーなのかといえばそうではない。 「何度もアレルギーテストを受けて、問題なくても、いざ目の前にするとダメでねえ」  調理したもの、生のものの区別なく、少しでも魚が入っていると受け付けない。誤って口にすると顔が真っ青になって息が詰まる。酷くなると嘔吐してしまう。それでもアレルギーではないという、妙な男だった。 「ダシとか、添加物になると平気みたいで、やっぱりアレルギーではなかったんでしょうけど…」  そんな下田が出張先の静岡から伊東さんに直接連絡を入れてきたのが、昨年の夏のことだった。勤務時間中にかかってきた内線を取ると、妙に上ずって興奮したような下田の声が聞こえてきた。 「下田、どうした、お前仕事は?」 「イヤッ、先輩、オレ分かったんですよッ!」  電話に向かってすごい勢いで話しかけているらしい、音が割れてしまっていて上手く聞き取れなかったが、そんなことを言っているように聞こえた。 「はあ?何わけ分かんないこと言ってんだお前」「だからッ!オレ分かったんですってッ!」  何を聞いても、「分かった」ばかりで会話にならない。そのうち、下田の声のバックに、海鳴りが聞こえているのに気がついた。 「おい、お前今どこだ?そこ海じゃないのか?」 「そうなんですよッ!海なんですッ!海なんですよッ!」  よくぞ気づいてくれました!と言わんばかりに、下田は海にいることを殊更に強調する。やがて、殆ど言っていることが分からなくなった頃だった。 「オレ魚が嫌いなの、どうしてか分かったんで、もう大丈夫ですよッ!」  それだけ言うと、電話は切れた。  わけがわからんとつぶやいて、伊東さんは下田の様子がなんだか変だと、上司に報告して、その日は定時まで仕事をし、帰宅した。  翌日、下田が死んだらしいという話が飛び込んできた。 下田の出張先の警察署から連絡があり、海辺の崖の上で揃えた靴と鞄が見つかったとのことだった。  
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!