第二話 好嫌

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 突然のことに職場は騒然となった。  その日の内に現地の警察が事情を聞きにやってきて、当日電話を取った伊東さんは事情を聞かれることになった。  警察は伊東さんの話を聞いてもなんだか腑に落ちないような顔をしていたが、伊東さんにはその気持がよく分かった。直接電話を受けた伊東さんですら、よく分からないのだから、さもありなんというところだった。  数週間後、下田の遺体が見つかった。時間が経っていることもあって、魚に食い荒らされ、死体は相当ひどい状態だったらしい。  下田は身寄りがなく、会社がささやかな葬儀をあげた。 その葬儀の間中、棺の窓が開けられることはなかった。  葬儀からしばらくして、現地の警察から下田の遺品が送られてきた。始末は警察に任せたはずなのだが、手違いがあったらしい。  入社から世話をしていたということもあって、伊東さんと事務の三島さんという女性が遺品を処分することになった。カバンの中身を改めていると、底の方に一通の封筒が入っている。縦型の何の変哲もない茶色い封筒で、表書きに「いとうさんへ」と書かれていた。  遺書のようなものだろうか?と開いてみると、中に入った便箋には絵が描かれていた。黒のボールペンでグリグリと描いたらしい、刺々しいタッチの絵。人間らしいものが中央に描かれており、その周りに、拙いながらやっと魚と分かるものがいくつも描きこまれている。  伊東さんの手元を覗き込んだ三島さんがうっ、とうなって言った。 「いやだあ、なんか、暗示してるみたい…」  三島さんの言う通り、魚は人間の体に食いついているようにも見えた。 「下田の死の理由とか、どうしてあの絵を私宛に書いたのかとか、未だに全く分からないことだらけなんですが、今はただただ気味が悪いです」  ちなみにあの封筒と便箋だが、伊東さんは会社の喫煙所でそれを焼いてしまった。 焼いた封筒から立ち上る煙は、古い脂を加熱した時のような、胸が悪くなる臭いがしたそうである。
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