医師の贖罪

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「いいんですよ。患者さんの誰もが同じことを思ってる。望月さんだけじゃない。どこも問題がなくても自分が悪い、自分のせいだと自虐的に考えてしまうんです。そこにパートナーがどう寄り添うかによって変わっていくんです。そんな当人を口汚く罵る方もいれば、一緒に苦しみを分かち合って努力していこうと前向きな方もいます。工藤さんは後者ですよね。あなたの事をいつでも考えている」 「でも……、でもっ」 「完璧な人間なんていませんよ。私だって欠陥だらけだ。それを溜め込まないのはどこかで発散されているからでしょう?工藤さんは私と違って、それを口にも出さずに溜め込んでしまう傾向があるんじゃないですか?周囲に気を遣って、不快にさせないように常に気を張り詰めてる。先日お会いして、そういう印象を受けました。眠っている間だけは誰でも無防備になるものです。他人には絶対に見せることのない彼の“素顔の中の素顔”を見せられるのはあなただけなんですよ。あなたは彼を甘やかしてあげればいいんです。そうやって自分を追い込むのはよしなさい」 「――他に、相手がいても……ですか?」 「え?」  わずかに目を見開いた小岩医師は、組んでいた指をそっと解いた。  誰が見ても幸福を絵に描いたような俺たちの陰にある真実を耳にすれば誰もが驚くだろう。 「彼……会社帰りに誰かに会っているみたいなんです」 「浮気を疑っていると?」 「――疑いたくはないです。でも不安の一つの要因にはなっています」 「本人には?」 「聞けるわけないじゃないですか……。それもあって、俺……もう何を信じていいのか分からなくて」  困惑したように細く息を吐き出した彼は、俺をじっと見つめた。  こんなこと医師である彼に言うことではないのだが、それが不妊の原因になっているかもしれないと思えば言わざるを得ない。  人の心は移り気で、たった一人を死ぬまで愛する人なんているのだろうか。  長く恋人として付き合って、いざ結婚したらその熱が冷めることだってある。  俺と壮登は交際期間も短くすぐに結婚に至った。今でもその熱は冷めていないと思いたい。  彼は俺を死ぬまで愛すると言ってくれた。俺もまた彼と別れる時は人生を終える時だと思っている。
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