医師の贖罪

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 しかし、それは口約束に過ぎない 「――すみません。こんなこと先生に言うことじゃないですよね」 「いえ……。心的要因が不妊に影響を与えることは十分に考えられます。望月さん、これは私の見解なんですが……」 「何でしょう?」 「それをハッキリさせなければ、あなたの中で彼を――工藤さんを受け入れないのではないかと思います。受精はとてもデリケートです。しかし、頭では分かっていても体が彼を拒絶しているとしたら?性交を拒むという具体的なことではなく、他の相手がいるのになぜ自分が……と思っている以上は、おそらく妊娠は難しいかもしれません。心からすべてを許し、委ねられる相手の子を望まなければ……」  小岩医師はさすが不妊治療の権威と言われているだけあって、いろいろな臨床経験から的確な答えを導き出している。  それが俺にとってショックなことであったとしても、医師としての言葉は嘘偽りは許されない。 「――あなたの体はいつでも妊娠できる体制を整えている。その問題をクリアすること――夫夫としてお互いに向き合うことの大切さを試されているんじゃないですかね」 「試されてる……?」 「羨ましい限りですね。そういった事もなく、不妊が原因で離婚してしまうカップルも少なくないんですから……。互いに話し合うこともなく、ただ罵り合って……」  悲し気に目を伏せた小岩医師に、もしかして彼自身がそうだったのではないかと思い始めた。  だから親身になって患者に対応出来るのではないか……と。 「先生……」 「――あぁ、すみません。ちょっと考え事を」 「いえ……。失礼ですが、先生もそういった経験をなされているんじゃありませんか?」  はっと息を呑んで顔をあげた小岩医師は「参ったな……」と苦笑いを浮かべた。  いつでも他人の顔色を伺って生きて来たΩ。そのせいか、相手の感情の変化を見逃すことがない。  それ故に、繊細で傷つきやすい者が多いのも特徴だ。 「望月さんにはいつか気付かれてしまうだろうと思っていましたよ……。オメガであるあなたには隠し事が出来ない。子供が出来ない妻を罵り、仕舞いには手をあげて……。離婚してすぐに彼女は自殺しました。俺の子を身籠ったままね……」
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