目に映った真実

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目に映った真実

俺はその日、会社帰りに寄り道をした。 普段は真っ直ぐにマンションに帰宅し、夕食を用意しながら壮登が帰ってくるのを待つのが常だ。 その場所は高層ビル群が立ち並ぶオフィス街で、帰宅時間と重なった歩道には男女問わずスーツが溢れていた。  自信に満ち溢れ、微塵の疲れも見せない人たちの中で、不安と恐怖に慄きながら立ち止まる俺は酷く滑稽に見えた。  壮登が勤務する商社の近くまで来て、なぜか急に足がすくんだ。  歩道に沿って植えられたプラタナスの木陰で何度も呼吸を整える。  通り過ぎていく人は誰も俺のことなど見ていない。それなのに体は緊張状態が続き、まるで対人恐怖症にでもなったかのように他人の視線が気になって仕方がない。 (マズイな……)  この感じはもう何回も経験している。でも、未だに慣れないのは、それがいつ体の異変として現れるのか自分でも予想出来ないからだ。  震える手で上着のポケットから取り出したピルケースからタブレットを一錠取り出すと、それを口に放り込む。  Ωは発情期が近くなると、自然と体からフェロモンを発しαを惹きつける。  強烈な性欲を促すそれに抗える者はまずいない。だからこそ未だに、水面下ではあるがレイプなどの犯罪が減らない。  俺のそれは、結婚してからも変わることはなく、発情期以外は抑制剤を常に携帯し、飲むようにしている。  法は整備されているものの、壮登以外のαに強引に襲われる可能性も考えられなくはない。  特にラッシュ時の電車や駅などは細心の注意を払い、あえて時間をずらすようにしている。  体の中にわだかまった熱が即効性の抑制薬のおかげですぅっと引いていくのが分かる。  ホッと息を吐いて顔をあげた時、有名ブランドのテナントが入った商業ビルの入り口から出て来た壮登を見つけ、慌てて木の陰に隠れた。  にこやかに身振り手振りをつけて笑いながら話す彼の隣には見知らぬ男性がいた。  その彼もまた壮登に親し気に笑いかけ、時には体を寄せたりしている。  身長は俺よりも少し高いくらいか――。  長身の壮登とのバランスは完璧で、容姿も決して悪くはない。  柔らかな栗色の髪にそう広くはない肩幅。むしろ守ってあげたくなるような愛らしいタイプだ。  心臓が早鐘を打つ。拳をぐっと胸元に押し当てて、先程とは違う体の熱を全身に感じていた。 (彼が――浮気相手?)
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