1271人が本棚に入れています
本棚に追加
発情期の訪れ
「ただいま……」
解錠された玄関ドアが開く音と、壮登の疲れを微塵も感じさせない声が聞こえ、俺はキッチンで身を強張らせた。
水栓レバーに手をかけてゆっくりと水を止める。
彼はリビングに入ってくるなり上着を脱ぎ、ネクタイを緩めてソファに投げると、躊躇なくこちらに歩いて来る。
いつもと変わらない光景だ。
「蓮……ただいま」
後ろから優しく腰を抱き寄せられて首筋にキスをされる。チュッと音を立てて何度も啄む彼の唇の感触が心地よい。
壮登の香りが俺を包み込んで、いつもならば愛されていると実感する瞬間。
それなのに、つい数時間前の光景が脳裏をチラついて素直に悦べない。
「あれ、シャワー浴びたの?」
「あ……うん。汗かいたから」
「そっか。じゃあ、俺もシャワー浴びてくる。夕飯は外で済ませて来たから、お前はゆっくりしてていいよ」
――誰と?
天板の上に力なく置いていた手をぐっと握り込む。
急いであの男性の香りを消さないとね……俺に気付かれる前に。
バスルームに向かった壮登の背中にちらっと視線を向け、気を抜くと顔を出す悪魔の俺を何とか抑え込む。
(なんだか……怠い)
キッチン正面に張られたタイルの目地がぐにゃりと歪んだように見え、体が大きく揺れた気がした。
俺に気付かれないように嘘をついている壮登は見たくない。
俺は……こんなに愛しているのに。
グルグルと同じフレーズが頭の中でループして、気持ちが滅入っていく。
どのくらいその場で立ちつくしていたのだろう。背後から突然聞こえた壮登の声でハッと我に返る。
「――蓮、どうしたの?もしかしたら体調でも悪いのか?さっきからずっとそこに?」
振り返ると、風呂上がりの壮登がすぐそばにいた。
ソープの香りと、まだ濡れている髪が彼の色気をより濃くしていた。
最初のコメントを投稿しよう!