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人間の隣には竜が棲む。その境界点から広がる森、竜の国の最奥、それがここ〝原初の森〟。全ての竜が行き着く最後の場所。円環の終わり。この森はいくつもの性質を持つ。
境界であることは、そのうちの一つ。決して失ってはならない役割。しかし人間の世界は日々竜を忘れて離れていく。境界が、重なることをやめていく。
それを繋ぎ止めるのが〝継ぎの竜〟の役割だと言う。人と竜の間に成された子。
その存在そのものが、人と竜が隣り合わせに生きることを証明する。
『太古の昔には愛し合う一頭と一人から産まれたと言われているが……、今の世ではそれも難しい。故に人間は、ただ母体とされる……私の母もそうだった……』
瞳は優しい色を浮かべていた。
母体の中で卵を作る。産まれてくる子どもは完全に竜でなくてはならないために、人間の生殖器官を使うことはない。だから性別は大した問題にはならない。
母体に求められるのは、善人の資質。
「善人……」
「まま、ね、とーっても、やさしいひと、だから。だからぼくの、まま、になったの!」
目をきらきらさせて言われると悪い気はしなかったが、とても自分が褒められるほどの善人だとは思えない。どう答えたものかと黙り込むと、継ぎの竜は吐息で笑った。
『その子が産まれてきたことが、何よりの証拠。条件を満たさぬ人間からは、決して産まれることはない……。お前は無償の愛を知っている。それは、竜にも、人間にも、類稀なる才能だ……』
無償の愛。
その言葉ならば幾度となく聞いてきた。あの孤児院で暮らしていた子どもたちは、心と身体以外何も持っていなかった。だからせめて、持ち得る愛を分け合った。ただ、俺は十五を過ぎたあたりからはずっと一番年長だったから、与えることの方が多かった気もする。あの子たちの笑顔が見たかった、健やかに暮らしていってほしかった。そう思うのは、見返りを求めることにはならなかったのだろう。
俺の行いを「善い」ものだったと言ってくれるのなら、軽くなる心がある。
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