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膜は適度な粘り気で、簡単に取り払えた。作り物じゃない生々しい感触と温度。俺は膜が付いた指をよく見ようと思って手を引いた。
その指に、黄金色の竜はぱくりと食いつく。
「わっ」
驚いたが痛みはなかった。指に当たる硬いものは歯だろうが、竜は俺の指をちゅうと吸うだけ吸うと、ぱっと離して俺を見上げた。
「まま!」
幻聴でない限り、そう聞こえた。
「……ママ?」
「ま、まー!」
人間の子どもと同じくらい無邪気な瞳はきらきらと輝き、幼い顔は愛らしく笑顔に綻ぶ。
ママ、と発した幼子の顔に、何故だか擽られてしまう心がある。理屈ではなく本能の部分。思考よりも強い感覚に囁かれ、俺はぼんやりと、何かの記憶を思い出しつつあった。
――どうやら、俺はこの竜の母親になったらしい。
と、意識が途端にはっきりとしてくる。とりあえず今、何の衣服も纏っていないことに気が付いた。慌てて手で下肢を隠すと、子竜は不思議そうに首を傾げた。その様子には何の嫌悪感も恐怖も無いのだが、その時になって初めて、他の情報が一気に頭に飛び込んで来た。
俺がいるのは、どこか高いところにある小さな空間。そして下では、この子竜を何倍にも大きくしたような竜たちが口々に何かを叫んでいた。重なり合う咆哮で空気が震えている。どうして今までこんな声に気が付かなかったのか。恐怖心をあおるその地響きにも似た音に、俺は思わず後退る。
「何……、ここ、どこ……?」
無意識に言葉が漏れた。外からの情報で、漸く現状に対する正常な感覚を取り戻した俺に、子竜は心配そうな顔で近付いて来る。不思議なのはこの子に俺が何の疑問も恐怖心も感じないことだ。この子だって得体の知れない生物だ。なのに、一番近くにいるこの子ではなく、眼下の竜の大群や、この未知の状況に対する不安ばかりが膨れ上がる。
「まま?」
子竜が俺の爪先に、まだ柔らかい爪をぽてりと乗せた。
その時、俺たちがいる空間に風が入り込んで来た。
思わず目を閉じ、開けた先に見たのは、――黄金色。
間違えるはずもない、あの優しい暗闇にたびたび現れた、あの色。
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