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◇◇◇
「人間に〝継ぎの竜〟を抱かせるなど、どういうつもりだ!」
「何かあったらどうする! 大切な〝継ぎの竜〟を!」
口々に喚く竜たちはそんなことを言っていた。
囂々たる非難を、私は暫く黙って受けた。己の子を抱き上げ、その小ささと美しさに頬を寄せ、確かな安堵と幸福に包まれる。無事に産まれてきてくれた。そして、この子はついさっきまで、母親の腕に抱かれていたのである。見下ろす先の青年は、祭司たちと何やら会話をしていた。「名は何と申される」『――――』不思議と、青年の言葉だけが聞き取れない。
私は自分の腕の中の子を見た。
「……あの人間の名前が分かったか?」
「のえ!」
「ノエ。そうか……。あの人間の言葉が分かるんだな?」
「わかるよ? ぱぱ、わからないの? あと! あのにんげん、じゃなくて、まま!」
我が子はどこか不満気だった。
私は思わず破顔する。
「ああ、ごめん。ママだな。ママとパパだ」
言葉の力は侮れない。私は自分の言葉でそれを認め、妙なむず痒さを味わった。自分が父親になったのだということ。そして、あの人間が、この子の母。私の伴侶になること。
顔を地に近付けて、「ノエ」と名を呼んだ。
しかし青年、ノエはびくりと身体を震わせ、一歩後ろへ下がってしまった。小さな頭、恐ろしく整った顔に二つ輝く瞳には、困惑と怯えが浮かぶ。
代わりに祭司が前に出た。
「ロワさま。これよりノエさまを〝継ぎの竜〟さまの元へご案内いたします」
「ああ。……しかし、まさか言葉が通じないのか?」
「そのようで御座います」
「〝継ぎの竜〟さまのみが人間の血を引く唯一の竜」
「我らは儀式に携わる者」
「儀式を生き残った人間の例を我らも極僅かにしか存じませぬが」
「境界渡りの弊害と、お考えいただければ」
人間界から、竜の国へ。それはこの祭司たちが執り行う儀式の一つだが、かなり強引なものと聞く。ここで不服を言えども状況は変わらないし、何より祭司たちを責める道理はない。寧ろ母体の安全が全く保障されないこの儀式で、見たところ後遺症などもなく自らの脚で立つ青年の姿があることに、私はこの儀式に関わった全てに感謝をしなければならないと思っている。
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