4. 「ママ」と「パパ」

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 私は頷き、移動をするなら私がノエを抱いて行こう、と申し出た。  祭司たちがそれを通訳し、ノエは迷うような素振りを見せたが、私の腕の中の子竜がぱたぱたと手と翼を振りながらノエを呼んだことで、恐る恐るながらも彼は頷いてくれた。彼の仕草は、身体に見合ってかなり小さい。見逃してしまいそうで、目が離せない。  ノエに腕を差し出すと、それまで私が頑なに無視し続けていた非難の声が強くなる。 「ロワ! その人間をどうするつもりだ!」 「決まっている。私の伴侶にするのだ」  それまで満ち満ちていた竜たちの声が、ぴたりと止んだ。込めた威圧の力もあっただろうが、何よりも、恐らくはこの発言の内容に。  再び声が上がる前に、私はノエを抱き上げる。子竜の熱烈な希望で二人を近づけると、まだ歩くのもおぼつかなかった子竜はもぞもぞと動いたかと思うと、母親の元へとぴょんと飛んだ。私も慌てたが、ノエも慌てて、腕を伸ばして受け止めてくれる。無事に母の腕の中に収まった子竜は嬉しそうにきゅっきゅと鳴いた。  母と子の姿。 「……ロ、ロワ、お前、人間を、伴侶などと」 「何かおかしなことがあるか? この人間……ノエは私の子を産んだのだ。この子の母親だ。私の妻とならねばおかしいだろう」 「しかしだ、しかし、お前にはいい縁談がいくつも」 「関係ない。私の子を産んだのはノエだ」 「のえだー!」  子竜の楽しそうな声が、緊迫する場に奇妙に響く。母の薄い胸に顔を埋めてたいそう上機嫌な子竜を、母であるノエはおずおずと撫でてやっていた。言葉が分からないのだから、自分のことが話されているなどとは少しも気付いていないのだろう。何か揉めている雰囲気だけは感じ取っているようで、時折目を上げては周囲を確認していたが。  私は頭の固い竜たちからふいと顔を逸らし、祭司たちに「行こう」と声をかけた。祭司たちは恭しく頭を下げると、「揺り篭」のまだ奥へと進んでいく。  そこから先は、普段は立ち入ることの許されない、聖域。  竜たちは私たちを追うこともできず、私は彼らの非難の声を置き去りにした。
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