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『その竜は、名をグレース=ロワ・ガロン。竜の命名法でな、グレースは母の名、ロワがあの竜の名だ』
ロワ。根本的な部分から言葉が通じない俺が名を呼んで、分かるだろうか。
『誠実な竜だ……。お前がここに連れて来られてから、十一年。お前の腹にその子を宿してから、ほとんど毎日お前の様子を見に来ていた……。お前が儀式を耐え抜くことだけを真摯に祈っていた……』
「……何故ですか?」
『信じられぬかもしれぬが、あれなりの愛だ。母体を粗末にするこの儀式自体を嫌っていた竜だが……、十一年通う間に、どうやらお前に惚れたらしいぞ……』
継ぎの竜が喉奥で笑う。空気が震えて周囲の木々が騒めいた。ロワは地につけていた頭を慌てて持ち上げて何かを弁明するような様子だったが、継ぎの竜は笑って相手にしない。子竜が「ぱぱ、てれてる」可笑しそうに囁いた。もう一度ロワの顔をまじまじと見てみると、顔を真っ赤にして目を逸らされる。……鱗があるのに赤くなるのか。
お前は愛されているのだ、と継ぎの竜は俺に言った。「頼りにされている」や「身体を求められる」ではなく、愛されている。随分と久しぶりの言葉。昔、まだ俺がほんの幼い子どもだった頃に、院の兄たちがくれていただろうか。
遠い、遠い記憶の中、まだ俺もささやかな幸せを知っていた頃の。
胸の奥にジワリと広がる温かさ。
『決して悪い竜ではない……。お前とその子を成した。温かな家庭を望んでいる。……勝手なことをと思うかもしれぬが、ロワとその子とともに、……ここで生きてはくれまいか、ノエよ』
悪い気はしなかった。
どうせ、一度は終わった身だ。
「はい。まだ、よく分からないこともあるけど……。俺に務まるなら」
ここでもう一度生きてみようと思えた。
子竜が興奮したように翼をぱたぱたと動かす。
「まま! ぼくの、まま!」
「うん、君のママ……。そうだ、名前は?」
「なまえ、まだ、ないよ!」
『子の名は母が付けるものだ。お前が付けよ、ノエ……』
俺が。いいのだろうか、と思ってロワの方を見ると、ロワはすぐに俺たちの傍まで歩み寄って来た。不安そうに瞳を揺らしながら、ぐっと顔を寄せてくる。俺が怯えて逃げやしないかと心配なのだろう。感じられる気遣いは、不躾な人間よりもずっと細やかだ。
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