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水曜日。
おれは電車に乗って隣町の緑が丘へ向かった。
車内は普通に―ふつうというのも妙だが―混雑していた。
おれの住んでいる街が異常すぎた。
だからこそ、ごく当たり前の風景が、安堵感を与えてくれる。
緑が丘駅駅前の賑やかな商店街通りを抜けると、付近は住宅街であった。
プラタナス並木の通りを200メートルほど歩く。
白壁の瀟洒な建物が見えてきた。
エクスぺリアに、黄色やピンクの花が咲いたプランターがいくつもならんでいた。
緑が丘マンション。
いかにも高級そうなマンションだった。
郵便ボックスが玄関ホールにあった。
503号 原田(慎太郎 加奈子 晴美 麗子)
おれはエレベーターに乗り、5階で降りた。
通路の右側に部屋がならび、左側には見晴らしのよい景色が一望できた。
インターホンを押した。
「はーい。どちらさまですか」
「原田麗子さんのことで、お尋ねしたいことがあるのですが」
「お待ちください」
チェーンロックがかかった状態で、ドアが少しだけ開いた。
「麗子はいません。もう何年も前に亡くなりました」
母親らしい女の顔がのぞいた。
「え? しかし、5歳くらいの麗子さんに頼まれてここへきたのですよ。お姉ちゃんを連れてきてと頼まれました」
「あの子は5歳の時に階段から落ちて死んだのです。そんなことはありえません」
「隣町の城山に彼女は住んでいます。どういうわけか、子供だけの集団生活をしていましてね」
「嘘です。でたらめです!」
母親の口調がきつくなった。ドアを閉めようとしたので、おれは隙間に足をはさんだ。
「でたらめだったら、わざわざ来たりしませんよ。実際に、私はあの子から、ぼろ市でショールを買いました。紫色のきらきらしたショールです。8000円もとられましたよ。
お母様が、子供に売る様にと仕向けたのではありませんか」
「紫の!」
母親は絶句した。
「きっとほかの人と勘違いしていますよ。その足をどけてください!」
これ以上大きな声をだされたら拙いかもしれない。
おれは足をひっこめた。ひっこめながら言った。
「麗子ちゃんは姉にひどく会いたがっています。それと、言いたくはないけど、殺人事件が絡んでますよ!」
ドアが閉められた。
がちゃんと施錠される金属音が響いた。
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