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「あいつが死んだかどうか確かめるのよ」
麗子は能面のような表情で言った。
はるか崖の下で、トラックは横転して、エンジンから火が噴き出している。
足を滑らせないよう、慎重にバランスをとりながら、崖下に下りた。
材木などの積み荷が散乱して、足の踏み場もない。トラックの運転台は滅茶苦茶に潰れてガラスが粉々に砕け散っていた。
ガソリンの臭いもした。
おれはひしゃげた運転台をのぞいた。
血まみれになって動かない男が・・・
「え?」
おれは眼を疑った。
瀕死の重傷を負っている運転手がいるはずなのだが、いないのだ。
崖を下りてくる間に逃げ出したのだろうか。
周囲を見まわしたが、それらしい人影はまったく見当たらなかった。
「こりゃ、どういうことだい?」
おれは麗子に問うた。
「まさか・・・」
麗子は今までなかった表情を浮かべた。
「まさかあいつが・・・嘘でしょ・・・」
少女は怯えた視線を周囲に走らせた。
おれが初めて見る、少女の疑心暗鬼の顔つきだった。
「あいつって誰だ? そんなに怖い相手なのかい?」
「恐ろしい手合いよ。ママではなくて、あたしが狙われたのね」
「狙われた? お前はいったい誰なんだ?魔女か、亡霊か?」
「麗子よ。あたしは麗子。おじちゃんの知らない世界の麗子。あたしの世界にも理解できない狂った魔物がいるの。そいつに睨まれたら、逃れることはできない」
少女の髪は逆立ち、哀しげな眼をおれに向けた。
「おじちゃんは元の世界に戻らなければいけない」
「ここは現実の社会じゃないのか」
「バカね。おじちゃんは元々は独身でしょ?初めてぼろ市で会ったときは独身だった。いつ、結婚したの?」
「あ!」
記憶が曖昧だった。
あのショールのせいで、おれは夢と記憶の世界に迷い込んだのだ。
どこまでが現実でどこからが夢なのか、線引きが全くわからなかった。
「でももう遅いかもしれない。おじちゃんは一生あたしと一緒かな」
麗子はいたずらっぽく笑った。
「ママは本物だったぞ」
「それも記憶のまやかし。それより、あいつが戻ってこないうちに行きましょう」
麗子はおれの手を握った。
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