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壁は鉛色だった。
傘つきの暗い電灯が天井から吊り下がっている。
妻がいる病院に戻ると、そこに病室はなかった。
ベッドも生命維持装置も点滴もないただの空間だった。いるはずの赤ん坊の姿も見えない。
「沙耶! ママ!返事をしてくれ!」
空洞のような部屋におれの声だけが虚しく響いた。
「言ったでしょ。ここには誰もいないって」
麗子が憐れむようにおれを見つめていた。
「ここはどこなんだ!? 元の世界へ帰してくれ!」
「ここは夢と記憶と現実の融合した世界。無数にある空想の世界。そのうちの実在する一つに迷いこんだのよ。だいぶ前に、おじちゃんはここから出ようとして、偽物のショールを燃やしたでしょ?あれは間違いのもと。迷路をさらに彷徨うことになった・・・」
「戻れないのか」
「方法はふたつある。ひとつはあたしを煙のように消すこと。後ろの棚を開けてみて」
部屋のすみに大きな収納棚があった。
おれは扉を開いた。
そこには、殺戮用の武器がぎっしりと積まれていたのだ。
軍用ナイフ、拳銃、自動小銃、手榴弾、ボーガン、金属バット。
「武器はなんでもあるわ。首を絞める?それとも高い所からつき落とす?あたしは抵抗しない。おじちゃんの好きにするといいよ」
少女は全身の力を抜き、淋しげに目を閉じた。
「できるわけないだろ!」
「おじちゃんに殺されたいの。あたしはもうじき魔界に連れて行かれる。死より恐ろしい世界。あいつのしもべにはなりたくないの」
「あいつ?」
「ほら、トラックの運転手よ」
「ああ、あいつか。そんなに死にたかったら自殺でもすればいい」
「だめよ。あたしは自殺しても死なないの」
麗子は力なく首を横に振った。
少女の目から赤いものが流れた。彼女はあふれる液体を手で押さえながら、その場にしゃがみこんだ。押さえた指のすきまから血が流れ続けた。
「あたしはランドセルを背負って学校に行きたかっただけなのに・・・」
彼女が五歳までしか生きられないことを、おれは思い出した。
麗子には痛ましい過去がある。それが恨みと悲しみになって、浮遊しているのだ。
おれは麗子が愛おしくなって抱き上げた。
「あいつをやっつけるぞ。それが終わったら、麗子を学校に連れていく。何色のランドセルが好きなんだ?」
「え、あいつと戦うの?それは無理よ」
少女はおれの腕の中で驚いた顔になった。
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