第2月曜日

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   1  壁は鉛色だった。  傘つきの暗い電灯が天井から吊り下がっている。  妻がいる病院に戻ると、そこに病室はなかった。  ベッドも生命維持装置も点滴もないただの空間だった。いるはずの赤ん坊の姿も見えない。 「沙耶! ママ!返事をしてくれ!」  空洞のような部屋におれの声だけが虚しく響いた。 「言ったでしょ。ここには誰もいないって」  麗子が憐れむようにおれを見つめていた。 「ここはどこなんだ!? 元の世界へ帰してくれ!」 「ここは夢と記憶と現実の融合した世界。無数にある空想の世界。そのうちの実在する一つに迷いこんだのよ。だいぶ前に、おじちゃんはここから出ようとして、偽物のショールを燃やしたでしょ?あれは間違いのもと。迷路をさらに彷徨うことになった・・・」 「戻れないのか」 「方法はふたつある。ひとつはあたしを煙のように消すこと。後ろの棚を開けてみて」  部屋のすみに大きな収納棚があった。  おれは扉を開いた。  そこには、殺戮用の武器がぎっしりと積まれていたのだ。  軍用ナイフ、拳銃、自動小銃、手榴弾、ボーガン、金属バット。 「武器はなんでもあるわ。首を絞める?それとも高い所からつき落とす?あたしは抵抗しない。おじちゃんの好きにするといいよ」  少女は全身の力を抜き、淋しげに目を閉じた。 「できるわけないだろ!」 「おじちゃんに殺されたいの。あたしはもうじき魔界に連れて行かれる。死より恐ろしい世界。あいつのしもべにはなりたくないの」 「あいつ?」 「ほら、トラックの運転手よ」 「ああ、あいつか。そんなに死にたかったら自殺でもすればいい」 「だめよ。あたしは自殺しても死なないの」  麗子は力なく首を横に振った。  少女の目から赤いものが流れた。彼女はあふれる液体を手で押さえながら、その場にしゃがみこんだ。押さえた指のすきまから血が流れ続けた。 「あたしはランドセルを背負って学校に行きたかっただけなのに・・・」  彼女が五歳までしか生きられないことを、おれは思い出した。  麗子には痛ましい過去がある。それが恨みと悲しみになって、浮遊しているのだ。  おれは麗子が愛おしくなって抱き上げた。 「あいつをやっつけるぞ。それが終わったら、麗子を学校に連れていく。何色のランドセルが好きなんだ?」 「え、あいつと戦うの?それは無理よ」  少女はおれの腕の中で驚いた顔になった。  
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