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緊張感で引き金にかけた指先がぎこちない。
おれは深呼吸した。
「あいつが撃たれてひるんだすきに、神殿へ逃げるのよ。おじちゃんが逃げている間、あたしが囮になる」
「だめだよ、いっしょにに行くんだ」
部屋の外で足音がした。
止まった。
ドアノブを回す音。ぎっと薄くドアが開いて、そいつが入って来た。
「撃って!」
麗子が叫んだ。
おれは相手をよく確認もせずに、撃ちまくった。
パン、パン、パン・・・
無我夢中で引き金を引き続けた。
乾いた火薬の破裂音とともに空薬きょうがカランカランと床に落ちていく。
相手に命中したかどうかわからなかった。至近距離の発砲だから、はずれたとは思いたくなかった。
何発も撃って、ようやく遊底(ゆうてい)が開いたまま停止した。
おれは顔を上げた。
着弾の衝撃でくず折れている標的を見た。床に血のしみが広がっていた。長いスカートとカーディガンを羽織った女が眼を見開いたまま息絶えていた。
「ゾンビじゃないのか!?に、人間じゃないか!てっきり、化け物だと思った」
「あたしはゾンビだとは言っていないよ。異世界の魔王だとは言ったけどね」
「同じじゃないか」
「違うよ、おじちゃん。この女の人に見覚えはない?」
「え?」
おれは息を飲んだ。まさかママに、妻に、手をかけたのか。
死体に近寄り、顔をのぞきこんだ。
妻ではなかった。
ほっとしたが、犠牲者には確かに見覚えがあった。
麗子の母親だ。
緑が丘マンションの住人、原田加奈子。彼女こそ、麗子を虐待して死にいたらしめた張本人。
では、トラックの運転手は?
おれの疑問を察したのか、麗子が答えた。
「あの男はこの女の旦那」
「麗子はお姉ちゃんも殺したよな。親父はまだ生きてる・・・」
そこまで言いかけて、おれはハッととした。
あの山道で、父親はトラックのスピードを上げて、麗子を轢き殺そうとした。しかし、麗子の防御本能がトラックを崖から落とした。
異世界の魔王とは、麗子の両親のことなのだ。麗子は連れ戻されることを畏れたに違いない。麗子にとってもっとも忌わしい存在は両親なのだ。
だとしたら、あまりにも悲しすぎる。
「おじちゃんもやるわね。これでおじちゃんもあたしの仲間になった。歓迎するわ、ようこそ」
幼い少女は可愛らしい手を差し出した。
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