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「麗子、お前は父親を手にかけるんだぞ。その意味がわかるか。ここが仮に、異世界だとしてもだ」
「あいつは親じゃない。魔物。魔物があたしの世界に来た。やっつけるのは当然でしょ」
麗子は冷たく言い放った。
2
にわかに空が暗くなった。
灰色の雲はたちこめ、日差しが消えた。急激に気温が下がっている。
白い家は墨色にくすみはじめた。
そいつは花畑を蹴散らしながら忽然と現れた。一見すると、ごく普通の中年男だった。五歳児の父親にしては年齢がいきすぎている気もしたが。
「娘の誘拐犯め!麗子を返してもらおう」
わが子を誘拐されて身を案じる顔ではなかった。
傲慢で憎悪のような雰囲気が漂っている。娘がいると俺の生活が乱れる、じゃまくさい、そんな形相だ。
「麗子!こっちへ来なさい、早く!そんな奴のそばにいたら、何をされるかわからんぞ!」
「嫌だ!行くもんか!」
少女はおれの後ろに隠れた。
おれは自動小銃の狙いをつけて怒鳴った。
「動くな!じっとしてろ!」
しかし真っ先に行動したのは麗子だった。
麗子はおれの腰から拳銃を抜いて、いきなり発砲したのだ。華奢な手の中で銃身が何度も跳ねあがり、オレンジ色の火が舞った。硝煙の匂いがたちこめた。
麗子の瞳は憎しみだけだった。唇を固く結び、銃を握った指は蒼くなって震えていた。
おれは麗子の凄まじい怨念を感じた。
憐れだった。
父親を名のる男はくたばってなどいなかった。
むっくりと起き上がり、ぎろりと眼をむいた。
「そんなおもちゃで俺を倒せるかな」
男は予想もしなかった敏捷さで跳躍すると、麗子を張り飛ばした。 麗子の体はゴムまりのように、あっけなく地面に叩きつけられらた。
男の動きはさらに素早かった。
おれが引き金を引くよりも先に、麗子の体を高く持ち上げると、今度は放り投げたのだ。
少女の呻く声が聞こえた。
おれは男に向けて自動小銃を発砲した。弾倉に装填された三十発の弾丸をフルオートでぶち込む。空薬きょうが乱舞する。
瞬く間に全弾を撃ち尽くした。
男はぼろぼろになってひっくり返っていた。
おれは銃を地面に置くと、麗子を抱き起した。
「あいつは死んだ。さあ行くよ」
麗子はぴくりとも動かない。
おれは麗子を抱いて歩きだした。めざすは神殿だ。
風はさらに冷たくなった。
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