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周囲は灰色の草原だった。腰の高さまである草がはるかかなたまで広がっている。
神殿の尖塔が近くに見えたので、それほど遠くはないだろうと思っていたのだが、実際はかなりの距離を踏破しなければならなかった。
雪も降ってきた。
氷のような風が肌を刺した。
「麗子、しっかりしろ。わかるか」
おれは何度も呼びかけた。
しばらく歩いて、ようやく神殿に辿りつた。靄のような薄い明かりが神殿全体を照らしている。細長い四角い柱が五角形状に天空へ伸び、柱と柱の間には渡し回廊があった。
階段は四角い柱にまとわりつくように、螺旋状に宙空へ延々と続いて、その先は消えていた。
おれは階段を昇りはじめた。
十段、二十段、百段。
その辺りまで昇ると、眼下に迷路の景色が広がった。
そこには街なみや公園、山、河川が見えた。
麗子が住んでいた白い家も見える。
「うーん」
麗子が目を開いた。
「立てるか」
「平気よ。ありがとう、おじちゃん。でも、ここまで」
麗子はおれの両腕から離れると紫のショールを広げた。
「ほら、あいつが追いかけてきた。あいつはそう簡単には死なないの」
麗子は言いながらショールを体に巻きつけた。
「あたしはこのままあいつの所へいって手をつなぐ。そうしたら、おじちゃんはボーガンであたしを射って。ただし矢じりはこれよ」
麗子はおれのジャケットにぶらさがっている手榴弾をつついた。
「ショールには時間と空間を閉じ込める力があるの。爆裂弾をショールに中で爆発させれば、あいつも粉々になる。あたしも死ぬけど、おじちゃんは元の世界に帰れるから安心して」
「おい、ちょっと待ってくれ。せっかくここまで来たんだ。自分から蜘蛛の糸を切るまねはよせ」
「楽しかったよ、じゃあねえ・・・あたしのやること無駄にしないでね。さもないと、おじちゃんは一生ここから出られないし、お友達もいないよ」
麗子は階段を駆け降りた。
そいつは何事なかったような顔をして、麗子を迎えようとしていた。
麗子はショールを男に巻きつけはじめた。
男は麗子の意図をすぐに悟ったようだ。麗子を突き放しにかかるが、食らいついた野犬のように離れない。
男は少女を激しく殴打しはじめた。
麗子の小さな頭が振り子のように揺れる。
鼻と口から血があふれだした。苦痛で歪んでいる。
「今よ!」
彼女は叫んだ。
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