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今日は祭日。
おれは彼女もいない冴えない独身男、二十五歳。
近所がいやに騒がしいと思ったら、祭日のぼろ市が公園で開催中だからだ。
暇つぶしと冷やかしをかねて、おれはぶらつくことにした。
とりたてて欲しい物があるわけでもないが、ごったがえす雰囲気を楽しむには充分である。
トウモロコシが焦げる匂い、綿あめの甘い匂い。
いかにも素人っぽい呼び込み。
押し寄せる人波は活気に満ちている。
そんな一画にブルーシートを広げて、店番をしている幼い女の子がいた。
ピンク色のクマのぬいぐるみで遊んでいる。
ブルーシートの上には、タオルやマフラーやショールが山積みになっていた。
その中で紫色のショールがひときわ目を引いたが、おれは素通りした。
女の子もぬいぐるみに夢中だ。
少女は麗子ではなかった。全くの別人だった。
店の前を過ぎ、少し歩いたら、背後からおれを呼びとめる声がした。
「おじちゃん・・・」
振り向いた。
それらしき人物は誰もいなかった。
ぼろ市をあとにして駅に向かった。
バス通りはあいかわらず賑やかで人通りも多い。
いつも立ち寄るコンビニで雑誌とサンドイッチと飲み物を購入した。
コンビニ袋をぶら下げたまま散歩を続けた。
天気がいい。
おれはここからさほど離れていない城山までいくことにした。石段があるだけの小さな山だが、てっぺんにはお堂があって、紫陽花や山吹のきれいなスポットである。
石段を登っていく。
お堂のそばにベンチがある。ベンチに座ると町の景色が一望できた。
雑誌を読みながらサンドイッチを頬張っていると、また声がした。
「おじちゃん・・・」
周囲に少女の姿はない。
風のいたずらでないことはわかっている。
おれは思い出した。
麗子の墓がどこにもないことを。
遺品すらないのだろうか。
急に眼頭が熱くなって視界がぼやけた。涙をぬぐおうとポケットのハンカチを探る。出てきたのは、紫色のショールだった。
麗子が「首に巻いて」
と言って、銃の発砲訓練のためによこしたやつだ。
おれはそれを返さずに、ポケットに仕舞いこんだままにしていたらしい。
これは麗子のものだ。
ランドセルを背負うことを夢見ていた少女。
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