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がらんとした街並み。
林立する雑居ビル。
無機質で埃っぽい壁。
遠くから響く蝉時雨のような子供たちの声だけが、アスファルトに染み込んでいく。
いつもと違う雰囲気。
そういう日もあるかもしれない。
今日は電車に乗って都心部まで映画を観に行く予定だった。
連れはいないが、その方が自由気ままでいい。
ビルとビルの隙間の路地の奥から、女の悲鳴が聞こえた。
おれは、はっきりとその光景を見た。
お腹の大きな女性が、小さな子供たちに襲われていたのだ。
子供たちの姿は10人くらい。小学校低学年とおぼしき男女の集団が、鎌のようなもので切り付けていたのだ。
「おまえたち、なにやってるんだ!やめろお!」
おれが駆けつけると、子供たちは一斉に逃げた。子供たちは逃げながら、童謡を歌っていた。
「いきはよいよい、かえりはこわーい」
おれは追わなかった。
妊婦の胸から腹部にかけての服が破れて、血まみれの肌が露出していた。
おれは思わず目を背けた。
腹部が切り裂かれて内臓があふれていたのだ。
彼らが何をやらかしたのかは、すぐにわからなかった。
母親は絶命していた。
子供たちの恐ろしく残酷な行為だった。
おれはケータイをだした。
画面を開いたとたん、おれは言葉にならない悪態をついた。
電波状態を表すマークがゼロになっている!
現場はビルとビルの間の細い路地である。電波状態が悪かったのだ。
おれは大通りへ走った。
警察と救急を呼んだ。
警察車両と警官は大挙して押し寄せたが、またしても、おれは言い訳をしなければならなかった。
そう。
また死体が消えていたのだ。
だが、今回は警官は怒らなかった。周辺に血だまりあったから。
鑑識の腕章をつけた係官の話し声が聞こえた。
「妊婦さんの腹を裂いて、赤ちゃんを持っていったみたいだ。へその緒が、刃物か何かで切断された形跡はあるからね」
長い時間の事情聴取があった。
担当の刑事と1時間くらい話をして、おれはようやく解放された。
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