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「ありがとうございました!」
心底嬉しそうに、京は微笑んで言った。
「お礼がしたいので、冷たいものでも飲んでいきませんか」
少し考えた後、この青年と仲良くなっておきたいという直感が働き、俺はその招待を受ける事にした。
だが引っ越したばかりなのを、京は失念していたらしい。冷蔵庫は勿論冷えてなく、氷もない。段ボールだらけの部屋に上がってから、途方に暮れた京の横顔を見て、俺は笑った。
「俺んちに来いよ。アイスティーが冷えてる」
「……すみません、頂きます……」
俺の部屋はすでに荷解きが終わっている為、エアコンもきいて快適だった。アイスティーを出すと、京はゴクゴクと喉を鳴らして一気に干した。よほど喉が乾いていたのだろう。
四~五歳下か。新生活同士、少し話しただけですぐに気心は知れた。
だが楽しい会話の最中さなか、二杯目のアイスティーに口をつけようとした京は、フローリングの床にグラスを落とし、派手に中身と破片をぶちまけた。
「あっ……! ごめん!」
慌てて破片を拾おうと伸ばす指を止める前に、小さな悲鳴が上がった。
「馬鹿、素手で拾う奴があるか」
俺は血を滲ませた京の人差し指を、咄嗟にパクリと口に含んだ。
「し、真一さん……」
やや戸惑ったような声音がしたが、俺はそこを唾液で充分に消毒するまで離さなかった。
「京、顔色悪りぃぞ、大丈夫か?」
「はい、ちょっと……手が痺れるような感じが……」
「熱もあるな。熱中症じゃないのか? ベッドに横になれ。水分摂らなかっただろう」
「すみません……引っ越しに……一生懸命で……」
京はヨロヨロと立ち上がると、素直にベッドに身体を横たえた。それだけ具合が良くないのだろう。
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