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初めは俺と京しかいなかったこの新築マンションにも、住人が増えてきた。俺は101号の角部屋だから、隣人は京だけだ。
引っ越してきた当日、熱中症でマウストゥマウスをする羽目になった京は、回復すると顔を真っ赤に上気させて帰っていった。
色んな意味で『仲良く』なった訳だが、気恥ずかしいのか、次の訪問は三日後だった。
「おう、京。どうした」
「あ、あの、この間のお礼を……」
手には、ケーキの紙箱がさげられていた。三日経ったというのに、まだ頬を淡く染めて俯いている。
可愛い奴だ。京は、素直で綺麗で、すっかり俺の気に入りになっていた。
「ああ、入れ。コーヒーでも淹れよう」
気安く言うと、安心したのか、京は顔を上げて入ってきた。
「お邪魔します」
「かけててくれ」
ホットコーヒーを二人分用意してリビングに戻ると、京は落ち着きなく部屋を眺めていた。
「ほいよ」
「ありがとう。……素敵な部屋だな」
「あ? ああ、モノクロで統一してあるんだ。黒が好きだからな」
「へぇ……俺の部屋は、まだ段ボールが幾つかあるよ」
「荷解きが苦手なのか? 俺は得意だから、手伝いに行ってやろうか?」
下心が全くないと言ったら、嘘になる。
「えっ……。はい、じゃあ、お願いします。助かります!」
こう素直に快諾されるとは思っていなかった。若干後ろめたさが揺れたが、京の部屋を訪ねる口実が出来た。
そう思うと、苦手な筈のショートケーキの甘い臭いも、気にならなかった。
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