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「あ、と、……」
『はい』
「……」
『……どちらさまですか』
「あ……え、と」
九月は覚悟を決めた。
「九月……です」
『え、九月? ほんと? 久しぶり!』
弾むような明るい声が返ってくる。
『元気? どうしてた? ってかどうしてこの番号知ってるの』
「ハガキ、届いて……」
『……あー! そうか、うん。妻が送ったやつだ。そういえば、メッセージ書けって言われて山ほど書かされたっけ』
九月は、ざ、と身体中の血がひくのを感じた。
踏み外した。
メッセージは九月に対して書かれたものではなかった。おそらく九月が保科に一度だけ出した手紙が、何かの間違いでリストにまぎれこんだ。そのせいで、招待状や新居を知らせるハガキが、九月のもとに届いた。
「式では声をかけられなかったから、元気かなって思って、ハガキありがとうそれじゃ……」
激しい後悔に襲われながら、それでも保科の電話ごしの息遣いを、嬉しいと思ってしまった。
何を期待したのだ。何か期待したのだ。
通話を終わらせなければ。
早く、「電話をかけた自分」を消去しなければ。自分が保科に未練があるという事実を、完全に消し去らねばならない。
今なら間に合う。まだ、間に合うはずだった。
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