92人が本棚に入れています
本棚に追加
九月は、派手なくしゃみをする大洋に笑いころげながら、スニーカーを脱ごうとするが、ぐっしょりと濡れて足にまとわりつき、なかなか脱げない。それもまたなぜかおかしくて、笑いながら靴ひもを苦心してほどく。ようやくとけて、ほっとし、笑いの余韻でよろけながら片足を抜く。
「……と、」
狭い玄関で、大洋が九月の腕をとって支えた。九月は条件反射で「ありがとう」と言いかけ、大洋を見上げた。
笑っていたはずの大洋が、まったく笑っていなかった。大洋の髪からは、ぼとぼとと水滴がしたたっている。あの日もそうだった。
「初めて会った時、あんた……なんか……まるで、きれいな死神みたいだった」
「……」
「さみしそうで、かなしそうで、白い顔で、黒い服着て、タクシーに乗りこんで、」
大洋は九月の二の腕を掴む。まるで逃げられることを恐れているかのような、強い力だった。タクシーの中で見たのと同じ目をしていた。ただ涙はなく、雨のみが大洋の頬を濡らしていた。
「次会った時も、人間じゃないみたいだった。強風の中で、不機嫌そうで、冷たそうで、ぽきんて折れそうに細くて」
九月は、目を合わせられなかった。いろんな感情が胸の中を交錯するのだが、言葉がみつからないのだ。
「……保科に似てるって思ったから、つい追いかけた……でもすぐ怒るし、自分勝手だし、セックス中はうわの空だし、演技はいるし、俺の事あからさまにバカにしてるし、全然違った」
「……そんな、ひどくな」
「ひどいよ」
最初のコメントを投稿しよう!