08

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 その日は遅番で、残業もあったため、大洋とは何の約束もしていなかった。仕事から帰ると、複数のDMに混ざって一枚のハガキが届いていた。  それは、薄い水色をしたハガキで、新居に引っ越したという旨が、シルバーの箔押しで印字されていた。  差出人の場所には、保科の名とその妻の名が記載されていた。 「お近くまでお越しの際は、是非お立ち寄りください」  そんな社交辞令の下に、手書きの文字。 「先日はありがとう」  何度も何度もその文字を見た。その短い文章にいったい何が含まれているのかを、必死で読み解こうとする。肉筆は、九月の心を想像以上の激しさで強く揺さぶる。  保科は、九月が結婚パーティーに来ていたのを知っていたのだ。  途端に、すべてがひきずり戻される。  美しい保科。優しい笑顔。保科のことだけ考え、命令に従っていればいい幸福な日々。  気づけば、震える指がその電話番号をプッシュしていた。 『はい』  思いがけず、ほとんど待たずに相手が出た。身体全体が決して忘れたことがない声だった。  大洋。  心の中で助けを求める。大洋、毎日のように会っているのに、なぜ今夜に限って、来ない? そしてなぜ、かけた電話はつながる?     
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