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幸せだった。
お母さんがいなくなって、寂しくて悲しくて仕方なかったけれど、二人と出会ってからは違った。
毎日が楽しくて仕方なくて、この胸な悲しみもどうにか乗り越えていけるような……そんな気がした。
辛くて悲しい現実も、暖かな気持ちが覆ってくれる。
母がいなくなってから胸に生まれた空白もきっといつか癒やしてくれる事だろう。
そんな気がしていた。
……気がしていただけだったとも知らずに。
この時の自分は忘れていたのだ。
現実はいつだって残酷で、容赦がなくて、いつだってなにかを奪っていくということを。
『それ』が起きたのは、翌日の事であった。
みんなでお小遣いを出し合って車がお店になっているアイスクリーム店に行くことにした。
大人が怖かった私はキーちゃんにソフトクリームを買って来てとお願いし、キーちゃんもそれを笑顔で引き受けてくれた。
お店から道路を挟んだ先にいた私がソフトクリームを両手に持ったキーちゃんに呼び掛けた。
『キーちゃん、早くぅ!!
こっちこっち!』
『うん、今行く!!』
そして……。
そのまま、キーちゃんが道路の反対側にいた、私とリーちゃんの所まで戻ることはなかった……。
信号をきちんと確認しなかったキーちゃんがスピードを出していた車に轢かれたのだ。
ドスンと鈍い音と共に、キーちゃんの小さな身体が吹き飛び、瞬く間に蓮の足元に飛んできた。
目を閉じ、うつ伏せになってドクドクと血を流していたキーちゃんを、私はただひたすらに見下ろしていた。
私はこの時何故だか、母がずっと自分に言い聞かせ続けてきた、ある言葉を思い出した。
『いい?
レン。
手に入れたいものがある時とか、もしくはなりたい自分がいるなら、とにかく頑張りなさい。
辛くても苦しくても、それでもひたすら一生懸命に。
そしたらきっと掴めるはずよ。
自分だけしか掴めない何かが。
だって……』
パキパキパキ……。
私の頭の中で、信じていた言葉が音を立ててひび割れていくのを感じた。
神様はいつだって残酷だった。
キーちゃんは救急車に運ばれたが、瞬く間に命を落としたのだ。
親友と呼んでくれていた、愚かな私のせいで。
『あんたのせいよ!!
あんたのせいでキーちゃんは死んだの!!』
三人の思い出の崖で、リーちゃんは私にそう言ってきた。
彼女が怒るのは当たり前だ。
……キーちゃんは私のせいで死んだのだから。
『あんたが死ねばよかったのよ!!』
泣きながらリーちゃんが私の顔を殴った。
痛かったけど、我慢した。
きっとキーちゃんはもっと痛かったから。
『死んじゃえ!!
死んじゃえ!!』
リーちゃんが泣きながら私を何度も何度も殴ってくる。
『ごめんなさい……許して……』
『許さない!!』
そう言ってリーちゃんが思いっきり振りかぶった拳を、私はたまらずに避けてしまった。
それが一生分の後悔に繋がるとも知らずに。
避けなければ良かった。
そうしていれば、リーちゃんは崖から足を滑らせたりしなかったのだから。
『たすけてぇ!!
たすけてぇレンちゃん!!』
かろうじて岩に捕まって私に助けを求めるリーちゃんに、私は何も出来なかった。
怖くて、ただ怖くて、リーちゃんがそのまま落ちていくのを、ただ黙って見てる事しか出来なかった。
最低だ……私が殺したようなものだ。
『どうして?』
私の背中からリーちゃん……ううん、キーちゃんの声がした。
二人は声がよく似ていたのだ。
『どうしてリーを助けてくれなかったの?
大切な妹なのに……。
全部レンちゃんのせいよ。
あなたのせいで……』
身体中、血で真っ赤にしたキーちゃんが、私の首筋を掴んで呪いの言葉を囁いた。
『あなたが代わりに死ねばよかったのに』
パキパキパキ……グシャッ。
私が信じていたものは、今度こそ音を立てて崩れ去った。
『頑張った奴は、報われていいんだから』
耳元に聞こえてきた母の声に、たまらず私は思いっきり声を出して叫んだ。
「ーーーーウソつきぃぃぃぃぃぃ!!!!」
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