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あの寂しそうで退屈そうな少女に青春というものを教えてやるのだ。
莉乃は入学式の時にも見た桜の舞を追い越して、あの時と同じように校門を通りぬける。
よし、今日こそは話しかけて友達になろう。
校庭を歩きながら、どっかその辺にいないかなぁと期待しながら辺りを見回す。
いた。
本当にいるとは思いもしなかったが、蓮は校門を少し抜けた先を一人で歩いていた。
前にいたのに気付かなかったとは、迂闊であった。
よし、今度こそ。
眦を決して莉乃がその背に追い付こうと走り出す。
入学式の時のように駆け足で蓮に近付いた。
……しかしおかしな偶然はまたしても起きた。
莉乃より先に、蓮に話しかける存在がいたのだ。
光沢すら見えるサラサラの黒髪ロングの後ろ姿。
触ったら折れてしまいそうなほど華奢で小柄な体躯。
その背中には顔の広い莉乃にも全く見覚えがない。
新入生か、もしくは有り得ないとは思うが編入生か?
何はともあれ二度も同じような横取りを見過ごせるほど莉乃も大人ではない。
こうなったら自分も会話に混ざろう。
いっそ蓮だけでなく彼女も友達にしてしまおう。
近付いて話し掛けようとする莉乃。
「ねぇ……」
柔らかな声を彼女が出すと同時に、風が滑らかな黒髪を揺らした。
ちょうど真後ろの方にいた莉乃の鼻腔を、石鹸の香りがくすぐる。
「青春ってどんな感じ?」
……それが人を石化させる魔法の言葉でもあったかのように、一瞬で莉乃の身体はぴたっと動きを止め、そのまま静止、いや停止状態に。
「はっ?」
言われた蓮も鳩が豆鉄砲くらったような顔をしていた。
その後、蓮と謎の少女は軽いやり取りの末、その場を後にした。
莉乃はその光景を口を空けながらただただポカンと見つめていた。
第一印象が良ければ友人関係の構築が円滑に進む、その為の第一声。
あんな言葉があるとは想像もしていなかった。
あの言葉に、莉乃は二年間仲良くなろうとしていた少女をあっという間にかっさらわれた。
そりゃあ声かけるか迷ったり、偶然に何度もチャンスを剥奪されたりもしたけど。
結局詰めきれない自分が一番悪いんだけど。
「……なんじゃあああああそりゃああああああ!!」
それでも、ドラマのワンシーンのようなセリフに先を越された少女は意味も分からずに叫んだのだった。
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