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「……はぁ……」
廃病院の入り口、その扉の前に立ち尽くしていた少女、安斎玲が憂鬱そうにため息を吐く。
平日のまっ昼間にホラースポットの前で見張りだなんて何の悪い冗談だろう。
夏目志保が目を血走らせて追っている、あの二人がここから逃げないよう見張る。
それが志保から与えられた自分の役割だった
もちろん本意でも、買ってでた訳でもない。
志保からの頼みでなければ、こんな番兵めいた役割など御免であった。
「志保からの頼みだから……」
そう呟いて玲は再びため息を吐いた。
『ここで張ってろ』
ここの見張りを押し付けられた時の志保の横柄な言い方は、頼みというより命令だった。
以前はもっとホットな関係だったのだが。
ここ最近、志保がグループのメンバーと接する時の態度があからさまに冷たくなっているのに玲は気付いていた。
理由は明白、自分以外のグループのメンバーが、露骨に志保に金をせびっていたからだ。
志保が金を渡さない事で逆上し、連絡が取れなくなったメンバーもいる。
こうも露骨に金目的なのでは、不信になるのも無理からぬ話であろう。
一応自分はいつも孤独でいる志保に同情とも共感とも言える感情が源泉の仲間意識を抱いている為、一度も金をせびった事も何かを奢られた事もない。
なので自分にだけは連帯感を抱いてくれないかと期待してみたが、この様子では届かぬ願いで終わりそうだ。
(私も、あんたと一緒だよ。
志保)
玲もまた、志保と同じく家庭環境が原因で不良になった人間だった。
父の暴力に耐えかねて玲を見捨て、一人で家を飛び出した母。
母を失い、ますます凶暴になって玲に手を上げる父。
結果的に父は玲の策略によって虐待が明らかになり、逮捕され、少女は無事に施設送りとなった。
しかし父から受けた暴力は身体と心に深い傷を残していた。
……大人が信じられなくなった。
自分を見捨てた母、自分を苦しめた父、そして助けてくれなかった近隣住民達。
皆一様に汚く、利己的で醜悪だ。
だから反発した。
社会に組み込まれることを、大人達の手足となる人生を拒むことを決めた。
誰かの役に立つなどごめんだ、誰かに利用されるなどごめんだ、誰かの慰み者になるのもごめんだ。
玲の環境は最初から狂っている。
まともではない。
ならばまともな人間になるなど無理だったのだ。
だから少女は不良となった。
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