礼央、34歳。

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 清良がフランスへ発ったのは二年前だ。もう少しで三年になる。青山とどう言う約束なのか金銭的な援助を受け、清良は行ってしまった。 ーー今日のトピックスは、賞候補に挙がっている作品をご紹介します。ひと作品目は、中野京香さんの処女作で、自身の名前が付いた小説"中野ゴールデンラッキーホール”……。 「千歳、テレビうるせえよ!」 「お前こそ、うるせえ!」  リビングから、まだテレビの音が漏れ聞こえている。最近のトレンドやら何やら、礼央が全く興味のない話題が耳に入っては抜けて行く。そこに来て、掃除機をかける音がやけにうるさくてたまったもんじゃない。 「あいつ、俺のことなんか忘れちまったんだろうな……」  枕を抱きしめながら独り言ち、煙草に火を付けた。最近、千歳がやけに念入りに掃除をしていて灰皿をベランダに置かれてしまったから、あと数秒したら起きなくてはいけない。 「今日、真澄さんの受賞パーティーだろ?」 「やべ! 忘れてたわ」 「普通、忘れねぇだろ」  礼央は小さいがマンションを買い、二年前から千歳と暮らしている。最初は一言も喋ることはなかったが、最近、少しはまともに言葉を交わすようになっていた。 「お前、大学は?」 「今日は日曜だよ。しかも、もう夕方だろ。煙草はベランダで吸えって言ってるだろ、クソ野郎」 「親に向かってクソ野郎ってのはなんだ!」 「俺の親友に手を出したんだから、お前は一生、クソ野郎だ」 「……お前、そんな性格だったっけ?」  煙草を携帯灰皿で消し、シャワーを浴びに行く。礼央にとって一番ラッキーだったのは、宝くじに当たったことよりも、念願だった千歳と一緒に暮らしていることだったが、もう少し、この老体を労って欲しいとも思う。 「千歳も一緒に行くか?」  携帯をいじりながら笑っていた千歳が、ぶすっとしながら顔を上げ首を横へ振った。
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