礼央、34歳。

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 なんとかと言う展覧会に出品した真澄の作品が、遅ればせながら大きな賞を取った。その絵は清良を描いた例のものなのだが、礼央にはその良さが全く分からない。人物以外は、写実的に詳細に描かれているのに、肝心の人物は様々な色で塗りつぶされている。燃えるような青、温かい黄色、冷めた緑……。見る人の心の状態によって笑っているようにも、怒りに震えているようにも見えると高い評価を受けたのだが、礼央はもっとこうエロい清良の絵が見たかった。 「何、ニヤニヤしてんだよ。気持ち悪いな」 「なんでもねぇよ」  髪を整え、スーツを着る。千歳は相変わらず携帯をいじりながらテレビを見ており、読みかけの本が一冊、テーブルの上へ置かれていた。 「これ、さっきテレビで言ってた本か?」 「……」 「返事くらいしろよ、お前は」  パラパラとめくってみた。なんとなく興味が惹かれたのは、清良の名字が付いていたからかもしれない。しかも、”ゴールデンラッキーホール”なんて、世の中には自分と同じことを考える人がいるもんだと、礼央は笑ってしまった。 「良い一日になりますように」 「は? なんかの宗教?」 「……早く行け」  本を一冊、小脇に抱えて礼央は家を出た。  外は寒い。  今頃、清良は何をやっているのか。一切連絡もなく、そもそもフランスに何をしに行ったのか、実のところ礼央は知らない。 「中野……、京香?」  電車に乗り礼央は手に持った本の著者名を見て、保坂が今だに"京香さん"と言っているのを思い出した。 「マジかよ……」  名前こそ違うが、デートクラブのオーナーが恥ずかしいほど格好良く描かれており吐きそうになりながら、いつもの駅で降りた。東口を出ればデートクラブの事務所だが、今日は西口。ビジネス街にある外資系ホテルが会場だった。  青山、小菅、真澄に保坂、果てには美化されたキャサリンも出てくる小説を礼央は歩きながら読み続ける。 「今回のポスター、やばくない?」 「あれ、外人だよね」 「日本人らしいよ」 「すごく可愛いくて、好き」 「あのモデルさん、男だよ」 「うそ……」  休日なのに制服を着た女子高生が、礼央を追い越して行った。
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