序章

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 対向車線の歩行者信号が点滅しているのが目に入る。それは何度か規則的な瞬きをしてから静かに消え、かわりに停止を示す赤いライトが点灯する。  見渡す限りに歩行者はなし。快晴の空。見晴らし良好。行く手を阻む者は、何も無い。 心臓が高鳴る。頭上に光る赤く丸いライトを睨むように見つめる。  左手で一速に入ったままのシフトノブを掴み直す。クラッチを踏んでいる左足の指先が痺れてきているのがわかる。右足でアクセルを踏み込む度に、トロンボーンのようなエンジン音が唸り声を上げる。僕の耳には、獰猛な獣の解放を臨む咆哮に聞こえた。  瞬間、赤いライトが消える、それと同時に青いライトが点灯する。滞っていた血液が一気に流れ出すみたいだ。全身が熱い。一気に踏み込んだアクセルに合わせて、クラッチから左足を離す。 ――いいか、ハルキ。耳を澄ますんだ。音を聞くんだよ。  懐かしい声を思い出す。開けた窓から聞こえるトロンボーンの音色が変わったのがわかった。 「よし!」  暖まったタイヤがアスファルトを噛む。窓から吹き込む風が強くなる。速度メータが秒針より早いスピードで振れる。  もう一度アクセルを蹴ると、飼いの獣が大きく咆えた。悦びの叫びだ。 「ギリギリ間に合うかも」  加速する真っ白なGT‐Rの運転席で、ハルキが勝利を予感した。
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