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*2nd*『私の誕生日。』
「この前、彼氏の浮気見つけちゃってさぁ〜」
「え、それやばいやつじゃん。」
周りにその会話の内容を知らせるかのように友人の声が響く。
ここは大学の食堂。
幸いなことに友人の声は隣のテーブルの人たちにわずか聞こえるだけだった。
その日は、うざいくらい外が暑くて私はキンキンに冷えたメロンソーダを頼んだ。私の汗ばむ額のようにメロンソーダのグラスにも水滴が沢山ついていた。
「葵ってさぁ、彼氏とどーなの?」
「…え?」
急に友人から話を振られた。
…彼氏、、か。
「ん?葵?あのイケメンの彼氏だよ〜。」
友人の愛が私に問いかける。
「え?イケメンなの?それは初耳…」
そして、もう一人の友人アリスが少し拗ねた表情をした。アリスは最近彼氏の浮気が原因で未だけんか中らしい。
「…うん、まぁ順調かな。」
嘘つき。
私はどれだけの人に嘘をついてきたのだろう。
そして、これからどれだけの人に嘘をつかなくてはならないのだろう。
「いいよな〜葵は」
「本当本当!優しい人なんでしょ?しかも」
「…うん。」これは唯一本当。
私は、優しい彼氏にずっと嘘をついています。
「葵。」
その時、
背後から私を呼ぶ声が聞こえた。
・・・・・・・・・
「あれ?なんか葵また痩せた?」
「え…そんなことないよ」
私の顔を覗き込みながらいう男性。彼は恋人の菅田くん。
「そうだ、今日さ夜にこの店行こうかなって思って。」
そう言って彼はあるチラシの紙を私に差し出した。
「これ…」
「葵がここのお店のディナー食べたいって言ってたからさ、予約した。」
そう、彼は私が前から行きたがっていた高級ディナーのお店を予約してくれたのだった。
「菅田くん…ありがと」
「いいって!笑 今日、誕生日なんだから遠慮すんなよ」
あ…
私、今日誕生日だった。
忘れてた…。
普通の可愛い女の子なら、
『私の誕生日のためにこんなことしてくれたの?』なんていうあざとい台詞を言うのだろうけど、
私は出来ない。
やるべきなのだろうけど、
私はどこか抜けているから。
彼を喜ばせられないんだ。
「じゃあ、また夜な」
「うん…」
菅田くんとは、夜7時に待ち合わせをした。
「ま〜た彼氏とイチャついてたの?笑」
愛が後ろから私を抱きしめる
びっくりした…
橋本さん、驚かすの好きだね。笑
「てか、今日自分が誕生日なの忘れてたの?葵さん?」
「うん…まぁ。」
「そーゆー計算がないとこ好きだわ。」
「何急に…笑」
「てことは、私達今日葵の誕生会出来ないってこと?」
まじか…と肩を落とす愛。
「昼ご飯おごってよ♩」
そんな愛に私がそう言うと、
「うん!いーよっ」
嬉しそうに飛び上がる。
可愛い…
男の子たちはこんな子が好きなんだよ。可愛くて、喜ばせがいのある。
…それに比べて私は、
……
trr
≪もしもし≫
「…あ、もしもし健太郎くん、あのさ、今日夕方時間あるかな?」
≪あー…今日はちょっと先約があってさ。≫
「先約?」
≪うん…また今度時間作るから≫
「わかった。」
電話を切ると、溜息が出る。
てゆうか…
なんで私健太郎くんに電話してるの?
今日、私誕生日だよね…
なんで健太郎くんに電話したの?
今日は、夜菅田くんと過ごすのに。
もう繋がっていない携帯電話を、力いっぱい握り締めると私は愛とアリスの元へ戻った。
……
「…先約ってなんだろ。」
思わず呟いた。
「ん?何か言った?」
すかさず菅田くんが察する。
あ、いけない。
「なんでもない!早く行こ」
「うん♩もうすぐで着くよ。」
私は何事もなかったように偽りの笑顔を浮かべた。
嬉しそうな菅田くんは、私の手を優しく引いてどんどん歩いていく。
タクシーで行くのかと思いこんでいたものだから、今日は薄着で来てしまった。
今は6月ではあったものの、夜だからということもあり気温が低くなっていた。だから、少しひんやりしていた。
…でも、菅田くんが頑張ってくれたから。
彼は時給800円のアルバイトに週4で通っている。
だから彼にとって今回の高級ディナーは前々から貯めていたお金をきりくずしてくれたのかもしれない。
そんな彼の優しさが素直に嬉しかった。
「葵、ここだよっ」
彼は高級レストランの前で立ち止まった。白い檻で囲まれた白い建物。上品さに胸が高鳴った。
「わあ…素敵。」
思わず笑みがこぼれる。
「喜んでもらえて嬉しい。」
菅田くんが私の頭にポンと手をおく。
今日の菅田くんの服装は高級レストランに合わせたものだった。以前、就活用に購入した黒のスーツを身につけていた。
着慣れない服装を私のためにきてくれた彼に、改めて優しい人だと暖かさを感じた。
「…菅田くん、ありがと。」
彼の袖を掴み言ってみる。
そしたら彼は照れた表情で
「…行くぞー。」
そう言って店内に入っていった。
…可愛いな。
彼の暖かさが大好きで、嬉しいと感じるたびに、どこかで罪悪感が生まれてしまう。
私…何してるんだろって。
今は彼だけ見ていよう。
私は前を歩いて行った菅田くんの背中を追いかけた。
・・・・・・・
『御注文をお伺いいたします。』
菅田くんは、慣れない素振りで注文する。名前が長いメニューが多いからかメニューをガン見しながら一生懸命注文していた。
『かしこまりました。』
店員が行くと、菅田くんは一瞬ほっとした表情をしたが私の顔を見て「なんだよ〜笑」と照れ笑いした。
「メニュー長いよね。笑」
私がそう言うと
「慰めんな。笑」
と、彼は笑った。そんな彼を再び可愛いと思ってしまう。
私がにこやかな表情をしていると
「葵は、こういう店慣れてるね。」
「…え?」
「なんか、そんな感じする。…それに、顔が俺と違って緊張してない。」
「慣れてないよ…笑」
「え?ほんまに?笑」
「うん、私は顔に出ないやん。」
「あー確かにそうやな。」
納得したように彼は笑う。
慣れてない。
慣れては…いないよ。
二人の注文した料理がくると、私達はたわいもない会話をしながら食事をした。
…今日はすごく楽しい。
そう、思った矢先だった。
「…!」
目を疑った。
なんでこんな時に?と思った
急に冷や汗が出る。
「…ん?葵、どうかした?」
「いや、なんにもない。」
菅田くんには平然を装ったが、今でも目の前の光景に鼓動が早くなっている。
…なんで、こんなとこに?
私は今、健太郎の姿を目の当たりにしていた。
しかも、その隣には小柄な女性がいた。とても美人だった。
あれって、まさか…彼女?
前に健太郎くんが言っていたから
"俺の彼女まじ可愛いよ。"
涼真と、私に彼は言った。
一生会わないと思っていた女性と出会ってしまった。
それはまるで汚れのない綺麗なガラス玉を叩き割られたような感覚だった。健太郎くんは、私に気付いてない…
なるほど…先約ってこれのことか。
早くこの場から立ち去りたい。
その瞬間…
店内が暗転して暗闇になった。
え…?何?
別に、昔から停電とかしても驚くタイプじゃないからいつもなら冷静なのだけど、今日は何だか違った。
健太郎くんを見つけてしまったこと、彼女さんを見てしまったこと、菅田くんへの罪悪感。今はそれで鼓動が早まっていた。
『♩ハッピーバースデイ トゥーユー』
すると、店員がロウソクのついたケーキを歌いながら持ってきたのだった。そして、私の目の前で立ち止まった。
私はやっと状況の意味を理解した。
『お誕生日、おめでとうございます!』
「ほらほら、葵。ロウソク消して。」
菅田くんが嬉しそうに言った。
私はフゥーと息を吹いた。
ロウソクの火が消えると同時に店内の電気がついた。
私、今祝われてる。
大勢の目の前で…
もしかして…
無意識に健太郎くんのテーブルに視線を移した。
「 (……あれ。)」
彼の姿はなかった。
同じテーブルの彼女がこちらの様子を見て微笑ましそうな表情をしていた。
よかった…。
私は胸を撫で下ろした。
・・・・・・
「今日はありがとう。本当に嬉しかった…」
「いやいや、こちらこそ!喜んでもらえて何よりです。笑」
夜の街が私達を照らす時、
菅田くんが私を家まで送ってくれた。
明日、彼はバイトが入ってるらしく帰らなければならないらしい。
私、モヤモヤしてる…
あの時の焦りが彼に伝わっていないか。鋭い彼だから察しているかもしれない。
そして、彼を…菅田くんを、傷つけているかもしれない。
つくづく思う。
私はクズなんだと。
私のマンションの前まで着いたときだった。菅田くんのポケットの中に入ったスマホから着信音が鳴り響いた。
「…あ、バイト先からだ」
「菅田くん、ここまででも大丈夫。ありがと…」
彼にそう告げると、
「ごめんね!」
彼は申し訳なさそうに、電話に出て帰って行った。
「…」
彼の後ろ姿を見えなくなるまで私は見つめていた。
見えなくなると、急にさみしくなった。私って本当、都合良い女だ。
菅田くんがいなくなれば、本当はちょっとだけ部屋に上がって欲しかったなぁなんて思ってしまう。
そんなときだった。
「あーおいちゃん♩」
「…え」
後ろを振り返ると、マンションの影から健太郎くんが現れた。
私は驚きで立ち尽くしていた。
なんで…?
「遊びに来たよ」
「え?遊びに来たの?」
「うん、そーだよ?」
平気な顔で彼は言うけど
さっきまで彼女と一緒だったじゃない。綺麗で小柄な…彼女。
なぜか苛立ちばかり感じてしまっていた私だったが、
「今日、葵ちゃん家に泊まる…」
そう言って彼に抱きしめられたとき、私は無意識に頷いていた。
都合良い…女。
・・・・・
「健…太郎っ、、あっ…ぁあっ」
真っ暗な部屋の中。
窓から映る三日月だけが私達を照らしていた。
そして、彼が優しく私の体を包み込む。彼に堕ちていく私。彼は私を抱きしめたまま離さないから顔がなかなか見えなかった。
私…今日誕生日なんだよ。
知らないでしょ?
あざといのね、貴方は。
私の頭の中をそんな感情たちが駆け巡る。
私とあの子どっちの方が好き?
私はちゃんと貴方の中にいる?
…いないんでしょ。
「…綺麗だよ。」
「…健、ちゃん。」
あざいとい。
あざとくて、見透かしてる。
彼には敵わない。
すると、彼は私を抱きしめる手を離した。
目を開けると、彼が私の首に手をかけたかと思うと後ろの方で何か小さな音がした。
カチッ…
「葵…お誕生日おめでと」
夢かと思った。
夢の中で王子様と出会ってしまったのかと思った。胸元を見ると三日月の形をした金色のネックレスがキラキラ輝いていた。三日月のすぐ隣にはダイヤのような宝石があって私の心を掴んだ。
「健太郎くん…なんで?」
誕生日って…覚えてたの?
「覚えてたよ。葵ちゃん…」
「ん…好き。」
そう言って、私から彼にキスをした。
恋人同士のような関係。
でも恋人同士じゃない関係。
身体だけの関係。
なのに…胸元で"俺のもの"っていうキラキラ輝くしるしを貰った。
誰も理解してくれない。
私達だけの関係。
「私…健ちゃんが好き。」
強く強く抱きしめた。
"離れないで"って。
これは、私の禁断の願いだ。
・・・・・・
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