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その日私は、母親から酷く怒られていた。
何で怒られたのかは、
今もって全く思い出せない。
何やら、
私が怒らせるような事をしでかしたのだろう。
私が小学校1年生の時だ。
夏休み。確か、
父親もお盆休みで家族で父方の祖父宅へ
遊びに来ていたとのだと思う。
普段は穏やかで、優しくて綺麗な母親。
それが怒り狂い、髪を振り乱し、
まさに鬼のような形相で私を睨みつけた。
そして
「あなたなんか、
生まれて来なきゃ良かったのよ!
この役立たず!
生まなきゃ良かったわよっ!」
と叫ぶやいなや、右手を振り上げ
思い切り振り下ろした。
左頬に衝撃と痛みと熱さが同時に走り、
私は尻もちをついた。
左頬が、腫れぼったくジンジン痛む。
私は呆然と、両手で頬を押さえた。
熱を持って腫れている感じだ。
母親は、憎しみを込めた眼差しで私を見据え、
息を弾ませている。
「…どこへなりと行きなさい!」
冷たく言い放つと、
踵を返して部屋の奥に行ってしまった。
こんなに怒らせたのは初めてだった。
「…ごめんなさい…」
泣きながら謝っても、誰もやって来なかった。
…あなたなんか、
生まれて来なきゃ良かったのよ!
この役立たず!
生まなきゃ良かったわよっ!…
先ほど言われた、母親の言葉が蘇る。
『生まれて来たのが間違い』
優秀なる姉と、何も持たぬつまらない自分。
幼い時から漠然と感じてきた。
『パパ、ママ、生まれてきてごめんなさい。
役立たずでごめんなさい』
だから、
母親の言葉は徐々に私の心を
ズタズタに切り裂いていった。
「死ね!」
母親の言葉はソレと同じ。
『死刑宣告』に等しかった。
私は玄関に向かい、外に出た。
外はシトシトと霧雨が降り続いていた。
台風が、近づいていたようだ。
傘も差さずに、歩き出す。
これから死に行く人間に、傘など必要無い。
祖父宅からそう遠くない場所に、
大きな川が流れていた。
降り続く雨。
水嵩もかなり増しているに違いない。
晴れた日は、姉と祖母と、よく散歩をしにきた。
川を挟んで春は桜並木、秋は紅葉と銀杏。
季節感が楽しめて、ちょっとした穴場だった。
川は見るからに深そうだが、
見た目には流れは穏やかで、
水は楽しそうに流れていた。
時折、魚がピョンと跳ねては
パシャッと水面に音を立てる。
水滴が空に舞い、キラキラキラキラ輝く。
太陽の光を受けて小さな虹を作る。
お気に入りの場所だった。
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