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「狭いですが、どうぞ」
なんて、他人行儀な招き入れ方をする。
1DKの部屋は、一人暮らしにはちょうどいいスペースで、狭くてもほどほどに見晴らしがいいところが気に入っている。
燈也君が玄関で靴を脱ぐと、大きくはない玄関がすごく小さくなったように見えた。たぶん、靴が大きすぎるのだと思う。
そういえば、この家に男の人が入るのは、初めてだ。
社会に出てから色めいた話しとは無縁の干物だった。
「なんだ、片付いてるじゃないか」
なに、そのがっかり!
「あ、これだな、懐かしい」
壁に立てかけた40号キャンバスの前に、燈也君はしばらく黙って立ち尽くしていた。
声をかけていいものか躊躇ってしまうくらい、真剣に見てくれている。これもまた、小説を読まれるのと同じくらい恥ずかしい……
その場にはいられなくて、私はキッチンに下がって飲み物とお菓子の用意をした。
窓の外には相変わらず桜の花がほころんでいて、まるで微笑んでいるかのようにはらはらと花びらを散らしている。
「痛くなるな」
しばらく黙っていた燈也君は、静かに口を開いて高校生の時と同じセリフを口にした。
ぐっと、胸の辺りを右手で押さえる。
「この辺りが痛くなる」
「昔もそういってたね」
「この絵、なぎさの俺への想いなんだろう?」
そういう恥ずかしいことを、さらっと言わないでほしい。
私は顔を真っ赤にして頷くことしかできない。
「俺って馬鹿野郎だ」
そう言って絵の前に座り込んだ。
「わかってたんだ、この絵がおまえの気持ちだって。でも、どこに向いたものなのか判断し切れなかった。俺だったらいいなぁ、なんて思うだけで、だって、違ったら恥ずかしいだろう? 格好つかねぇ」
照れたように笑う燈也君。彼の見せる新しい表情に、私はまたドキドキしてくる。
私がこんな想いを感じるのは、燈也君、あなたに対してだけのようです。
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